第38話 黒い竜と小さな空色の竜 3
その日は、朝から雨が降っていた。
『ほら、体の下に入りなさい』
私は、お言葉に甘えて、アルベルト様のお腹の下に潜り込む。竜の体温はひんやりしているけれど、雨に濡れない分、温かく感じる。
幸せ……。
何かを忘れている気がするけれど、この空間は、大好きな香りに満たされて、とても幸せだ。
「ライラ!」
どこからか、大好きな響きをした音が聞こえる。
「キュゥ……?」
『どうした。何か気になることがあるのか』
お腹の下で、モゾモゾしているとアルベルト様が私に声をかけてくる。また、その声は夢の彼方に消えてしまい、私は爽やかで甘い香りの中、目を瞑った。
『そういえば、まだ、名前を聞いていなかったな』
『ライラです』
『そうか。美しい響きだな』
その瞬間、もう一度「ライラ!」という、悲痛な叫びが聞こえた。
ずっとこうしていたいのに。
気がつけば、私は泣いていた。
涙とともに、私の姿は、人間のそれになる。
(……やはり、人間の血を引いていたか)
「アルベルト様……。いいえ、あなたはなんて言う名前ですか」
(名前はないが、人間には夜の竜王と、呼ばれているな。それにしても、本当に成人しているのか。今まで良く番に攫われなかったな)
私は、お腹の下から這い出して、風の魔法でドレスを作る。ふわふわと軽くて、重さがないドレスは、少し心もとない。
風がいたずらするように、私のドレスと揺らし、通り過ぎていく。
次の瞬間、竜は人の姿になった。
目の前にいたのは、たぶんアルベルト様がもう少し大人になったら、こんな姿だろうという、落ち着いた雰囲気の……。
やっぱりアルベルト様だ。
「……番がいないなら、俺と儀式をして大人になるか?」
……そういえば、竜は儀式をして大人になると言う。良くわからないけれど、相手はアルベルト様が良いに違いない。
それに、私は、以前たしかにあなたと。
その時、たくさんの人の声と、甲冑がガチャガチャ音を立てる金属の音がした。
「時間切れか。帰りなさい……。ここは、ライラのいるところではない。待っているだろう」
この後の出来事を、私は知っている。
大人になった私は、あなたを愛したのだ。
けれど、あなたは……。
「やだ! アルベルト様がいないなんて、私は!」
「また会える。それに俺は、アルベルトという名ではないから……。夢でも、もう一度会えて幸せだったよ。風に愛された姫」
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「うぅ」
「ライラ!」
雨だと思ったのに、それは冷たくなくて、温かくて。それなのに、抱きしめてくる体は、どこまでも冷え切っていて……。
「アルベルト様……」
「ライラ! 良かった……。気がついた」
泣いているアルベルト様。
私は、そっとその濡れた頬に手を伸ばした。
その隣に、無造作に置かれている竜玉のはまった剣を見る。ひび割れた、あなたの。
「ああー。そんな適当にすると、交換できなくなっちゃいますよ」
思わず私は、つぶやいた。
夢から目が覚めた私の手には、水色の魔力の塊が握られている。
「っ……ライラ」
みるみる赤くなる、かなりやつれたアルベルト様。その左の瞳には、もう隠しきれない魔法陣が、禍々しく刻み込まれている。
「私が相手では……。イヤですか?」
「……ライラを巻き込みたくない」
「そんな答えなら、私はもう、二度と引きませんよ」
もう、二度とあなたを誰にも奪われたくない。
私は、アルベルト様が止める間も無く、剣に嵌め込まれた竜玉を私の水色の竜玉と交換した。
「ライラ、だめだ!」
「アルベルト様。私のことを愛していないと言ってください」
「っ……そんなの」
「愛してます」
私は、まるでアルベルト様の心みたいな、ひび割れた竜玉に口付けた。
その瞬間、まるで、火炙りにされたみたいな灼熱感を左目に感じる。
その直後、大好きな夜の竜王様が、鼻先を擦り付けてきた気がした。
灼熱感はあっという間に緩んで、温かくて愛しい人の竜玉は、私の中へと納まったのだった。
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