第35話 大好きではなく尊敬してる。
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なぜか、メイド服は、しっくりと馴染む。
初めてメイド服が用意されていた時には、あんなに動揺したのに。
「ロバート様……」
部屋のドアを開けると、ロバート様が、護衛騎士のように控えていた。
「――ロバート様が、騎士様みたいです」
「俺は、騎士だ。しかも副官だ。一応な」
それもそうだ。
しかも、王国の誰もが憧れる、竜騎士団の副官様だ。
父のことも、アルベルト様のこともずっと補佐してくれていたのだと、今の私は知っている。
「……行くのか?」
「そのために、戻ってきたんです。……ああ、一つだけ」
ありったけの感謝を込めて、私は全開に笑った。
あんなに、ボロボロになってまで、私のことを探し出してくれる人なんて、たぶんロバート様しかいないから。
「迎えに来てくださって、ありがとうございます。頼りになるロバート様が、大好きです! 行ってきます!」
「ああ、行ってこい。誰もあの場所に入ることができないが、ライラなら……。あと、大好きより、この場合は尊敬しているだ。聞かれたら竜騎士団の分裂の危機だからな?」
左の掌を胸に当てた、最上の敬意を表す騎士の礼。
そんなことしてもらえるほどのこと、私には出来ない。でも、それでも。
「ありがとう、ございます」
それでも、私はやっぱりこの場所が大好きで、竜達のことも大好きだから。アルベルト様と、この場所で生きていきたい。
あの扉は、今日も来るものを拒む雰囲気で、目の前にある。
それでも、扉は私のことを待っていたとばかりに、ドアノブを回せば、簡単に私が通れるだけの隙間を開けた。
「アルベルト様?」
暗い室内は、あの時のような熱風が吹き荒れていたりしない。
ただ、暗い闇があるだけ。あの時とは、違う空間みたいだ。
一歩踏み出した途端に、足元に浮遊感を感じる。
急にぽっかり空いた、深い穴に落ちてしまったみたいに。
「きゃああああ!」
黒い粒子が作る魔力が作り出した世界に、吸い込まれていく。
思い出が、手にのせた砂みたいに、サラサラとこぼれ落ちていく。
「痛ったぁ……」
お尻から落ちたけれど、思ったよりは衝撃が少ない。そこは深い森で、とても懐かしい場所だった。
『おや、小さな竜が紛れ込んだのか』
その声が、あまりに懐かしいから、私は思わず勢いよくその方向へ振り向いた。好きすぎて、どうしたらいいか分からないほど胸が高鳴る。
目の前にいたのは、大きな漆黒の竜だ。その瞳も体躯も真っ暗だから、闇に溶けてしまっているみたいだ。
『……夜の竜王様』
思わず私が呟いた言葉は、深い深い森の中で、木霊すこともなく消えていった。
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