第31話 その選択は正しいかわからなくても。
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「あの、ほむらは、ついてきて大丈夫なの?」
ほむらの背中で、風をビュウビュウ受けながら、ロバート様と私は、王都を目指していた。
(なに? 僕がついていくのは、不満なの。我慢して、べリアとライラ以外の人間を載せてあげているっていうのに)
「ちっ、違うよ! ただ、竜玉の」
――――竜玉の影響とか。
母ですら、王都に近づけば、竜であることで、影響を受けるらしいのに、ほむらは平気なのかと心配になっただけで。
(……そうだね。送ってあげられるのは、今回は王都の手前までかもね。あとは、僕自身も今後の在り方をきちんと決める必要がある。でも、ライラと僕に関しては、人なのか竜なのかなんて、自分で決めることができる、とても曖昧な境目しかない)
「え? ほむら、言っている意味がよく分からないよ」
ほむらは、私の問いには答えてはくれなかった。
(僕は、ライラの選択を支持するという選択をした。そのために、自分の身の振り方を考える時期が来たってことかな)
私は、おそらく、ほむらまで私たちの運命に巻き込んでしまった。ためらった後、自分の鼻先を、ザラザラしたその体に擦り付ける。大事な家族は、いつだって私のそばで、私のことを見守っていてくれたから。
私は、アルベルト様のことを救いたい。
でも、竜であるほむらのことだって、王国に使役されることを望まないから。
(ライラのこと、愛しているって言ったら信じる?)
「信じるよ……。私の愛する家族だもの」
兄弟のいない私にとって、ほむらは唯一の家族であり、兄だ。
だから、ほむらの言う通り、人か竜かいうことに拘ることなんて、無駄なことなのかもしれない。
(――――手段は択ばない。ライラが選んだ結末を見届けるよ)
私たちが、話している間、すっかりひげをそって、元の男前を取り戻したロバート様は、黙っていた。いつも、朗らかに場の空気を温めてくれるロバート様にしては珍しい。
私たちの会話。ロバート様にとっては、キュウキュウ鳴いているだけの、ほむらに私が一人で話しかけているようにしか聞こえないような会話が終わる。そのタイミングを見計らって、ロバート様が口を開いた。
「ライラ……。アルベルトのことを許してやってくれ。あいつは、ただライラのことを守りたかったに違いないから」
「――――ロバート様、許すも何も。……いいえ、やっぱり少し怒っています」
その一言だけ、口にして、私はカバンの中から、美しい瓶と砂糖菓子を手にして、一つ口に放り込んだ。甘くて、滑らかな砂糖菓子は、父が帰ってこなかったあの日から、私の宝物だった。
その宝物を与えてくれたからといって、アルベルト様にそれを奪う権利なんてない。
だって、この思い出がなければ、私は立ち上がるための地面ですら信じることができなくなりそうなのだから。
(予想より……早いな。王都までは、まだ距離があるのに)
ほむらが、なぜか急に悔しそうにつぶやいた。
その言葉を問いただすより前に、あの香りが私の鼻先を掠める。
――――この香りを嗅いだらいけない。
甘くて、スパイシーで、私の体をしびれさせてしまうような、その香り。
泣きたくなるくらい、この香りに出会える日を、待っていた。
そのことに、気が付きたくなんてなくて。
(ごめん、僕が今、手伝うことができるのは、ここまでだ。このままでは、これ以上、ライラを守り続けることができない。もし、ライラが、この後もやっぱりアルベルトを選ぶのなら、必ず助けに行ってあげるから)
「うん、ありがとう。ほむら」
「え、ちょっ?! 香りって何のことだ。この気配、まさか」
竜人として、アルベルト様の次席であるロバート様は、もうその存在に気が付いたらしい。
「えっと、ロバート様だけは、どこか安全なところまで送ってくれるかな?」
(――――仕方ない。ライラの頼みだ)
「待ってくれ! 何をする気だ、ライラ!」
「アルベルト様に、ボロボロになるなんて許さないって伝えてください」
「何を言っているんだ! それを伝える前に、俺が殺されそうだ!」
「私のこと、迎えに来てほしい。愛してますって」
――――でも、その前に、私はアルベルト様を、あの魔法陣から救い出す方法を絶対に見つけ出して見せる。
私は、覚悟を決めると、ほむらの背中から、その香りの持ち主に向けて、飛び降りる。
ロバート様が、落ちそうなくらい、ほむらから乗り出して私のほうに手を差し伸べるのが見えた。
けれど、ほむらは上手く体を傾けて、ロバート様が落ちないようにその高度を上げた。
落下スピードが上がったのは、一瞬だけで、そのあとは、魔法の力に支えられて、ゆっくりと落下していく。
「これは、これは。竜の姫。空から降ってくるとは……。ずいぶん楽しい、再会の演出だな」
その赤い瞳、私のことを引き寄せて止まない香り。
そこには、なぜかたった一人で王都に続く街道に立つ、やっぱり灰色の狼みたいな、ディハルト陛下がいた。
残念なことに、あと少しのところで魔力が切れて、再び落下し始めた私の体は、地面にぶつかることはなく、その腕の中にふんわりと納まったのだった。
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