第27話 あなただけが全部知っている。
確か、竜騎士団内に図書室があったはず。
もちろん、竜騎士には関係が深い、竜王に関する物語だってあるに違いない。
父は、どうしてたくさんの本の中から、その物語を読み聞かせてくれたのだろうか。
「ライラ……」
「アルベルト様?」
起きたのかと思って、そばに寄ってみるけれど、聞こえるのは規則正しい寝息。
眠っているのに、私の名前を呼んだ。
その瞬間、血液が蒸発してしまうのではないかと思うくらいに、全身が上気するのを感じた。
これはいけない。このままじゃ、きっと私は、アルベルト様がいないと何もできなくなってしまう。
「いつのまに」
――――こんなに好きになったの。
そういえば、父が読んでくれた物語で、風に愛された姫が呪いにより竜に姿を変えてしまうのは、18歳の誕生日だった。泣きながら、森の中で咆哮をあげれば、目の前に降り立つのは黒い竜。
なぜか、その竜の姿が、アルベルト様と重なる。
だって、その物語は、私がこの世界で初めて触れた恋物語なのだから。
「アルベルト様……」
黒い髪の毛にそっと触れると、その手をつかまれた。
「起きたら、いないかと思った」
私の手は、温かい頬に添えられる。
長いまつ毛に縁どられた瞳が、私のことを見上げる。
「起きるまでそばにいるって約束したじゃないですか」
「……そうだね」
静かな室内に流れる沈黙は、何を意味するのだろうか。
「あまりに、幸せすぎるから。こんな風に、幸せになるなんてこと、俺にはないと思っていたから」
「――――アルベルト様は、これからだってずっと幸せなはずです。私が、いるんですから」
「……ああ、ライラがそばにいてくれれば、幸せなのは間違いない」
「っ……簡単すぎませんか」
「どうかな」
ベッドに手をついて、起き上がったアルベルト様は、笑いながらも、考えるそぶりを見せた。
陛下のことも、父のことも、あの部屋にあった剣のことだって何一つ解決していない。
それどころか、私はこの世界ではない場所の記憶まで持っている。
「起きたら、私の話を聞いてくれる約束でしたね」
「――――聞かせて」
「……私、竜に姿を変えてしまう以前に、この世界ではない場所の記憶があるんですよ」
――――砂嵐の音が聞こえる。
たくさんの人が行きかうざわめく街角、私はまるで一人のように感じていた。
この世界に来てからも、外に出ることも許されずに、父だけが私の世界のすべてだった。
魔法を使うことができれば、竜人として認めてもらえるのではないかと、必死で訓練してみた魔法。でも、私には決して使うことができないのだと、前世の知識が信じることを邪魔する。
この世界に生まれてから、私の世界にあったのは、金色と空色の色彩だけだった。
そんななか、色とりどりの砂糖菓子が世界に急に色を添えた。
その美しい世界に立っているのは、懐かしい色合いの……。
とりとめのない私の話を、黙って聞いていてくれたアルベルト様。
「――――俺の黒い色彩を見ても、ライラだけは、特別扱いしたりしなかった……」
「私にとっては、見慣れた色彩ですから」
むしろ、この世界の鮮やかな色合い、特に鏡に映る私の空色の髪のほうが違和感があるくらいだ。
夜の竜王を意味する、黒い髪と瞳。
私の持つ、金色の瞳もそうだけれど、好奇の目を避けることができない私たち。
それに……、おとぎ話では、姫の髪の毛の色は触れられていなかったのに、父が残した資料の中の呪いで竜に変えられた姫は、空色の髪の毛と金色の瞳だった……。
陛下が知らないはずもない。
それに、今ならわかる。
竜の言葉がわかることも、竜に姿を変えることも、竜の血が濃い証拠なのだ。
――――むしろ、人の血が濃い竜なのかもしれない。
「アルベルト様? 聞いてくださってありがとうございます。唯一、私のことを知っている人は、父だけだったから……。この世界に一人取り残されたみたいに感じていたんです」
「ライラ……。俺は」
「誰が何といっても、私のことを全部知っているのは、アルベルト様だけです。それに、たぶんこの話は、誰にもしないと思いますから……」
アルベルト様は、なぜか嬉しそうにほほ笑んだ。
そして、その直後、口元を隠して顔をそらす。
「アルベルト様?」
「ごめん、嬉しくて」
「……え? どうして」
「俺は、独占欲が強いみたいだ。誰も知らないライラのことを、もっと俺だけに教えて?」
――――それって……。
真っ赤に色づいた頬。
気が付かないでほしいと、うつむいた私を抱きしめるアルベルト様。
まるで周囲の音が聞こえなくなってしまったみたいに、心臓の音だけが空間を埋め尽くしていった。
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