第25話 子守唄と魔力の光。
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取り敢えず、アルベルト様の私室に抱き抱えられまま戻ってきた。
ここに来るのも、ずいぶん久しぶりな気がする。
いつも、整理整頓されてどこか生活感のないアルベルト様の私室。何故か今日は、雑多な印象だ。
空になった蒸留酒の瓶も、置かれたままのコップも、ここしばらくの生活が垣間見えるよう。
「……魔力を使った後は、強いお酒を飲む竜騎士が多いって、ロバート様が言っていました」
「……そうだね。魔力が欠乏した時の苦痛を誤魔化すために」
「今は、平気ですか?」
「ライラに魔力を分けてもらったから、なんともない」
たぶん、なんともないはずはない。
「取り敢えず、寝室お借りします。服着るので」
「あ……そうだな」
寝室に入って、私にグルグル巻きついていたマントを外し、手早く服を着る。
早急に、風の魔法でドレスを作る方法を身につけよう。そうしよう……。
雑多に物が置かれて、荒れていた私室に比べて、寝室は片付いている。
……というより、絶対このベッド、私が整えた3日前から使ってない。
つまり、アルベルト様は、ちゃんと寝てないのだ。
そんな、アルベルト様の目の前で、魔力が尽きたからと肩まで借りて、スヤスヤ寝ていた自分が恨めしい。
「アルベルト様! この後のご予定は」
「……ライラのおかげで、あの部屋での用事が思いの外早く済んだから、この後は溜まっていた書類業務でも」
「つまり、大きな予定はないってことですね?」
「ん……? まあ、そうだな」
それなら、アルベルト様には、休息が必要だ。
放っておいたら、たぶんまた、夜中まで働き続けてしまうに違いない。
これはいけない。
アルベルト様の生活改善をしなくては。
「とりあえず、寝ますよ」
「は?!」
「ちゃんと睡眠をとってください」
「ああ、そうだよな。……でも、まだ昼間」
もう何日も、ちゃんと寝てないですよね?
よく見たら、隈がすごいです。
「……寝るまで、そばにいてあげますから」
「……起きるまで」
「え?」
「あ……。ごめん」
どうして、謝るんでしょうか。
そんな、可愛い我儘、嬉しいだけなのに。
もっともっと、言ってくれたなら、私はとても幸せなのに。
そのまま、アルベルト様をベッドに押し込む。
その横に、椅子を置いて、サラサラしたその黒髪をそっと撫でる。
この色合いは、とても懐かしい。
この世界では、アルベルト様しか見たことがないけれど。
気がつけば、私が口ずさんでいたのは、遠い世界の子守唄で。
不思議なことに、私が歌うたびに、室内にそよそよと風が吹いて、キラキラと魔力の粒が舞い降りる。
「その歌……」
ぼんやりと、焦点の合わない、眠そうな瞳で、アルベルト様がつぶやく。
降り注ぐ魔力の光のせいなのか、子守唄のおかげなのか、アルベルト様は眠そうだ。
「……起きたら、聞いてください。この歌の故郷のこと。起きるまで、ここにいますから」
「うん」
静かな室内で、私はまだ、どこか幼さが残るアルベルト様の寝顔を、飽きもせずに見つめていた。
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