第21話 愛しい人たちを縛る役割は。
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あれから数日たった。自室で過ごし、竜騎士様たちの身の回りの家事を精力的にこなす私は、アルベルト様と一度も会わないままでいた。
……洗濯機は、絶対に作る必要があるわ。
竜騎士団の皆様の洗濯を引き受けたはいいけれど、一日がかりだった。
魔法が使える使用人なら、洗濯は水魔法でお手の物。そういう意味でも、水魔法を持っていれば、就職先には困らないと言われているくらいだ。
「あ……」
フワリと私の周りを、ハーブと甘い花の香りが取り囲む。
時々思い出させるみたいにアルベルト様の香りがする。その香りは、消えることがない。それと、同時に消えてほしくなかった。
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日も暮れた頃、やはり忙しく、最近は顔を合わせていなかったロバート様が、家事が一段落して一息ついていた私の部屋を訪れた。
「邪魔するぞ」
「お久しぶりです。ロバート様! 忙しいみたいですね。お元気でしたか?」
毎日のように会っていたから、数日ぶりなのに、ずいぶん長く会っていなかった気がする。
「ライラも忙しく働いていたらしいな」
「そうですね。洗濯物も掃除する場所もたくさんありますから」
私がそう言うと、ロバート様は温かい笑顔を見せた。けれど、その直後には表情を曇らせる。
「…………なあ、単刀直入に聞くぞ」
「…………はい」
珍しく、ロバート様が真剣な表情だ。これはよっぽど、深刻な内容なのではなかろうか。
「陛下の要求は、なんだったんだ。……あー、ついでだが、その時、アルベルトと何かあったか?」
「っ……」
「はぁ……。今ので大体、予想がついた。それに、陛下の要求は、大方ライラを手に入れたいというものだろう。ライラの瞳は、ベリア殿と同じ、金色をしている。しかも、女性だ。王家としては、喉から手が出るほど欲しいだろうからな」
ここ数日、夜中まで父が残してくれた資料を読んでいる。内容が、途中で終わっているものもあったけれど、やはり詳しく記されているのは、黒と金色の意味についてだった。
「金色は瞳に現れることに、意味があるのですね」
「……ああ。竜と人の間に生まれたと言われる、初代の国王は、金色の目をしていたと言い伝えられているからな」
ロバート様は、そのあとを続けなかったけれど、その髪は夜のように漆黒だったということを、今の私は知っている。
「…………俺がいうのもなんだが、アルベルトは弱い。ライラが、支えてやってくれたらいいと、俺は思っている」
「アルベルト様が、弱い?」
戦えば、父に次ぐ実力を持ち、魔力量は王国一だと言われているのに?
でも、その時、熱があっても誰にも頼らない姿や、傷だらけのその手が脳裏に浮かぶ。
アルベルト様は、本能に流されて、私に何かをするような人じゃない。
離れている日々、あの時の口づけを思い出すたびに、切なくて、苦しい。
でもそれと同時に、あの時私が考えたことは、実は違ったのではないかと思えてくる。
「……竜人って、本能に負けてしまうことがあるんですか」
「……あるかもな。だが、アルベルトに関して言えば、ないと俺は思っているが。それくらい、自分に甘く生きられたら、もっと生きやすいだろうな」
そうですよね。……アルベルト様は、いつも何かを耐えているから。
「アルベルト様は、今なにをしているんですか」
「……話していなかったな。竜騎士団の本当の役目は、なんだと思う?」
「……敵と戦うことじゃないのですか」
「それもあるが。……竜の力でしか、この王国を守ることができない。俺が、平民なのに団長の副官をしていること、おかしいと思わないか?」
――――それは、竜騎士団が、実力主義だから。
実力主義なのが、当たり前だと思う、前世の私の感覚と、ライラが育ってきた環境。
いくら、ライラが世間知らずでも、この世界では貴族と平民には、決して変えられない壁があることを知っている。
「それでは、どうして竜騎士団の中だけは、平民が貴族の上に立てるんですか?」
「竜の力が強くなければ、この王国を守れないからだ。そして、ベリア殿がいなくなった今、その役目を担うのは、アルベルトだ」
「……?」
そういえば、あの重々しい扉の向こう側で、あの日、アルベルト様はなにをしていたのだろう。
あんなに強い、アルベルト様が、魔力をほとんど全て使い果たしてしまうほどの何か。
ドクンッ……。
あの時、アルベルト様は、苦しんでいた。
あの扉のさらに奥には、何があった?
「誰よりも強い力を持つために、王国と竜に縛られる存在。それが竜騎士団の団長という役目だ」
激情というのだろうか。
胸が苦しくて、悲しくて、燃えるような怒り。
父とアルベルト様、私の愛しい人たちが、与えられてきた役割に、私はひどく怒っている。
アルベルト様は、あの場所にいる。
「……さすが、ベリア殿の血を継いだ娘。それ以外に、表現しづらいな、あの魔力」
その言葉を聞き返す余裕もなく、私はあの場所へと、走り出していた。
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