第20話 あなたのそばに居たいから。
そっと離れていく、柔らかくて温かい唇。
私は、その一瞬だけ、今まで悩み続けていた全てを忘れ去って、ただ、寂しく思った。
「あ……」
思わず、縋るようにその胸にしがみつくと、優しい香りが掠めていった。
大好きなアルベルト様に捧げたファーストキスは、甘い香りと味で。
それと同じ分だけ、とても切ない。
「ライラ、俺……は」
震える声を不思議に思って、その顔を見上げれば、耳まで真っ赤になったアルベルト様と目が合った。
「……あの?」
「ごめんライラ! ライラの香りに、他の男の香りが混ざっているのに気がついたら、どうにもならなくて」
「え? あの……?」
父が置いていった竜についての、極秘報告書に書かれていた。
竜は、敵視する相手が、自分の縄張り入ることをひどく嫌う。その後は、そこに残された相手の香りを徹底的に消そうとするのだと。
ということは、今のキスは、敵視する陛下の香りを消すための、ただの本能?
「どう詫びればいいんだ。こんな無理に。もしかして……初めてだっただろうか」
……初めてでしたよ? 私は嬉しかったですけど。
アルベルト様は、憎んでいる相手の香りが、私からしたから、それを打ち消したいという本能に勝てなかったに違いない。
「あの……。私は、気にしてませんから」
沈黙が痛い。そういう理由なら、ただの事故だったと思ってもらいたいです。私は……平気ですから。
「……俺は、ライラが」
俯いたままの言葉は、小さく掠れていて、私にはよく聞こえない。
「えっ?」
「……いや、とにかく、ごめん」
アルベルト様から、そっと離れる。
大好きな人に、初めての口づけを捧げられて良かったと思うことにしよう。
アルベルト様にとっては、不本意だったかもしれないけれど。
沈黙に耐えきれないわ。なんとかして、話題を変えよう。
「……あの、アルベルト様? もしかすると、父は陛下から、私のことを隠そうとしていたのでしょうか」
あの日、あの香りがして、攫われそうになった後、助けてくれた、ほむらと共に帰った途端に、ひどく困惑した様子の父が帰宅した。
怒られたことよりも、いつも穏やかで頼りになる父が、ひどく動揺していたことが強く記憶に残っている。
「……そうだろうな。もし、兄上に選ばれるとしたら、ライラは王妃になる。兄上には、まだ妃どころか決まった婚約者すらいないから」
「え? 何言っているんですか」
「今になって思えば、王妃の席をまだ空けたままなのは不自然だ。もしかしたら、兄上はライラのことを」
確かに、一度だけ屋敷の外に出ただけで、攫われかけましたものね。あの時、私を連れて行こうとした人は、きっと陛下の関係者だったのだろう。
でも、いくら竜騎士団長の娘だからって、そこまでの価値が私にあるとも思えない。
「ライラの気持ちも聞かずに、邪魔してしまったけれど、もしかして余計なことをしただろうか」
いいえ、アルベルト様が引き寄せてくれて、私は本当に心強かった。
「……私は、アルベルト様のそばにいたいです。竜騎士の皆様とも、一緒にいたい。この場所が、好きなんです」
第一の理由は、アルベルト様のそばにいたいということだけれど、それを今言うのは、たぶんずるいから。
でも、私が陛下についていけば、アルベルト様に危険が及ばないのだろうか。
「それに、私も竜騎士団の一員……ですよね」
縋るように聞いてしまった。
ただ与えられた幸せなゆりかごの中にいた私。
こんなに、希ったことは、今までないから。
「そうだ。ライラは、竜騎士団の一員だ。……だから、ここから離れて行かないで」
この選択を後悔する日が来ても、それでもこの場所に居たいから。
本当は、アルベルト様のそばに居たいから。
再び、仕事に戻ってしまうアルベルト様の背中を見送りながら、いつまでも熱が引かない唇に、私はそっと手を触れた。
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