第19話 他の人の香りを纏ったりしないで。
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陛下がいなくなると、アルベルト様は人払いをする。部屋には私たち、二人だけになった。
「ライラ……」
「巻き込んでしまった、みたいですね」
父が帰ってこなかったのは、私のせいだったのかもしれない。
なぜ、陛下が竜の姫と私のことを呼んだのかはわからないけれど、戯れで竜騎士団に乗り込んできたりはしないだろう。
この国は、竜と竜騎士によって守られている。
竜騎士団が特別なのは、竜と竜人、そして人との繋がりの象徴そのものだからだ。
たとえ王族であっても、その場所を意のままにすることはできない。
「……巻き込んだのは、俺の方かもしれない」
「アルベルト様?」
「俺は、先王の庶子だ。平民で竜騎士だった母との間に生まれた」
「……以前から、そんな話がありましたものね。本当に、陛下の弟君だったんですね」
私は、王族に対する礼をする。
父も、もちろん知っていた。だから私に、いつかアルベルト様と出会う時のために、王族を前にした時の振る舞いを身につけさせたのだろう。
アルベルト様は、困ったように笑い、私に手を差し伸べて立ち上がるように促す。
「やめて欲しいライラ。俺を、王族として扱う必要はない。庶子でありながら、竜人として上位の存在であることを示す黒を持って生まれてしまった俺は、王宮ではなく、この竜騎士団で隠されて育ったのだから」
庶子は、一般的には王位継承権を持たないという。でも、もしも竜人や竜の中で最高の色とされる黒をもって生まれたとしたら。
「……竜騎士だった母や、ベリア殿が守ってくれなければ、俺はとっくに存在しないから」
だから、そんな父の恩に報いるために、私のことも守ってくれるというのだろうか。
「アルベルト様。国王陛下を敵に回すなんて、あまりに無謀です。私、竜騎士団の皆様も、巻き込みたくありません」
「同じようなことを、俺もベリア殿に言ったことがある。……その時、ベリア殿は、『お前だけの問題じゃない。これは、竜と人の繋がりの問題であり、王国全体の未来がかかった問題だ』と、言ったんだ」
お父様が、アルベルト様にそんな事を?
父が残してくれた資料の中には、私やほむらの瞳、そして父の髪の毛と瞳の色である金色も、黒色に並んで最上位の象徴なのだと書いてあった。
「それより、今の俺にとって何よりも耐え難いのは」
「アルベルト……様?」
「ライラ、君の柔らかで愛しい香りの中に、兄上の香りが混ざっている。……他の男の香りなんて、纏わないで。……気が狂いそうだ」
普段のアルベルト様は、笑っていても、どこか私のことをある程度までしか、近づけさせまいとする雰囲気がある。
でも、今日は何故だろう。切なさ、そして何か激情みたいなものが、その瞳の奥でゆらゆら燃えているみたい。
その瞳は、逸らされない。
私の心の奥深くまで覗き込まれるかと思うほど。
「ライラ、俺だけを見て。俺の香りだけ纏って」
切ないほど切実に紡がれた、その言葉の後、部屋中がハーブと私を誘う甘い香りに満たされた。
そして、唇に触れた柔らかくて温かい感触。
予想外に訪れた、私のファーストキスは、一番大好きな人に捧げられたのだった。
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