第17話 微睡と幸せ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
森の中で、竜が小さな小さな私に寄り添う。
いつも一緒にいた、父はどこに行ったのだろう。
寂しくなった私は、その竜にすり寄った。
「あなたが、この姿をしているこの刹那だけは、一緒に過ごしましょう」
竜が、人の言葉をしゃべる。
竜も、人の言葉をしゃべることが出来るのね?
あれれ? 竜の鳴き声は確か……。
いつものことよね? と思う自分と、竜が人の言葉でしゃべるなんて常識ではありえない! と思う自分がいる。
次第にはっきりしてくる、森の中でお菓子の家を見つけたみたいに、さわやかな香りの中に紛れた甘い香り。
「キュイィ(夢かぁ)」
まだ、夜中なのか、部屋の中は真っ暗だ。それでも、暖かいベッドは、お日様の香りがする。
さらに、心を満たすハーブみたいな爽やかな香りと、私を誘う最高級のスイーツみたいに甘い香りまでする。
許される限りの時間を、ここで過ごしたい。
「キュ~、キュイ(あ~、幸せ)」
良い香りの源は、私のすぐ隣にある。スンスンッとその香りを嗅ぎながら擦り寄れば、ギュウッと抱きしめられた。
竜の親愛は、その香りに、そして、竜人の親愛は、その温もりに。
そう、竜は基本、体が冷たいから、香りで幸せを感じる。
竜人は温かいから、こうやって寄り添えば、この温もりが味わえる。
これこそ心満意足。
「……キュイ(心満意足)?」
たぶん、言葉が通じていたとしても、この世界の竜人たちとは、もちろん竜とも通じ合えない懐かしい世界の四文字熟語。
どうして、そこまで満ち足りて幸せなのかに思い至った瞬間、私は思わず凍ってしまったみたいに体を固くした。
眠っていなかったらしい、漆黒のその瞳とばっちり目が合ってしまったから。
その胸元に、抱きかかえられたまま、吐息が触れ合うくらいに、近い距離。
どうして、アルベルト様と同じベッドで寝ているの?
今までは、竜の姿であっても、私専用のクッションの上に寝ていたのに。
たしかに、たった一回だけ、アルベルト様が熱があった時に一緒に寝たことがあるけれど。
よく見れば、私ときたら、アルベルト様の軍服に爪をしっかり立てて、絶対離れないという体勢をとっている。
……うわぁ。離れなくて仕方なく付き合ってくれたのかな? 軍服に穴が開いてしまったかも。
着替えもできなかったのだわ。私が離れないから。
羞恥心と困惑で、プルプルと震えてしまうのは、竜人と竜の共通言語だ。
「ライラ、起きた?」
「キュイィ~」
震える私のことを、さらに強くアルベルト様が抱きしめる。私は、その腕の中で、モゾモゾと動いて、なんとか軍服に食い込んだ爪を外していく。
最後の一本の爪を外した瞬間に、昨日の記憶がパキンと音を立てたみたいに、急激に溢れかえっていく。
そうそう。アルベルト様は、ひどい発熱だったのよね。
まず初めに、短い手でアルベルト様の首元に触れて体温を確認する。
うん、いつもの温度。
魔力暴走を起こした時、前回は怪我をしていたわ。
それから、もう一度鼻先をすり寄せて、鉄みたいな匂いがしないか確認する。
怪我もしていないみたい。
それから……。
アルベルト様は、私のことを見つめたままだった。
だから、アルベルト様が元気なことに安心して顔を上げた瞬間、その瞳の中に空色の竜が映っているのを見つけてしまった。
「……キュイ(それから)?」
空色の竜が、美しい漆黒の竜人の頬に落としたのは。
それを思い出した瞬間、全身を流れる冷たいはずの血液が、沸騰するみたいに熱くなっていく。
いけない……、戻ってしまう!
慌てる私に、アルベルト様が、無表情のままベッドの上に用意されていたガウンを素早くかぶせてくれる。
出来る男は違う。違うけど……。
おかげさまで、さらさらと肩まで届く空色の髪の毛と、竜と違って滑らかな象牙みたいな肌色が戻ってきた時、私は無事にガウンを羽織っている姿だった。
これをセーフと言っていいのかしら。否、どちらかと言えばアウト。
「――――私、恐れ多いことを……」
「ごめんね? べリア殿なら、あの程度の解呪、簡単にこなしただろうに」
「お父様が? いったい何を…………」
――――さっきまで眠っていたのに、沼の奥底に引き込まれてしまうような眠気が襲ってくる。
竜と人の姿を行き来するためには、膨大なエネルギーを使用する。
今ならわかる、それが、魔力。
――――本当に、魔力って私の中にも存在していたのね。
もう、私の瞳は半分以上閉じられてしまった。
急激に、体の中から失われてしまった魔力のせいか、とても寒い。
体がこれから熱が上がる時みたいに、震えてしまう。
「寒い……」
冷たくなってしまった私の手を、アルベルト様が温めるようにそっと大きな手で包み込む。
そこから、優しい魔力が流れ込んできて、ほっと息を吐き出す。
「アルベルト様……起きたら、話してくれますか?」
「――――ライラが望むなら」
――――約束、です。
その言葉を、言おうとしたのに、それすらできずに睡魔に引き込まれる。
再び私は、夢の世界へと、落ちていくのだった。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。