第16話 竜と魔法。
室内で、無言のまま向き合うロバート様と私。
私が室内からいなくなったことで、さぞ驚かせたことだろう。
……謝らないと。
「あのっ」
「すまなかった!」
「はぇ?」
これはいわゆる、土下座だ。
この世界にも、そんな文化があったのだろうか?
私の困惑をよそに、ロバート様が頭を上げる様子はない。……どうして、心配をかけた側の私が、土下座されているの?
「……あの、困ります」
仕方がないので、私も膝をつく。
王国の剣、竜騎士団の団長副官に、私などが膝をつかれても困ります。
そのまま屈んで、ロバート様の顔を覗き込むと、ようやく顔をあげてくれた。
「護衛しているのに、こんな失態をするとは……。如何様な処分も甘んじて受けよう」
「大げさです……」
いつも、こんな場面を軽やかに変えてくれるロバート様。
その本人が、こんな様子では困ってしまう……。
それに私は、魔法が使えない、竜人と認められないような落ちこぼれで。
「――――それに、ライラはやっぱりべリア殿の娘なんだな……。金の瞳を持つ竜は、孤高の存在だ。それが、あんなにも親愛の情を示すなんて」
「ほむらが……孤高の存在?」
お腹を出して、甘えている姿。
お肉をねだって、追いかけてくる姿。
鼻先をすり寄せて、親愛を現す姿。
私の知っているほむらは、どの姿も孤高の存在というのが当てはまらない。
「――――そうだな。ほむらは、べリア殿以外には自分に触れさせることすらしない。群れでの行動が本能のはずなのに、他の竜とも決して群れない」
「そうだったんですね」
私の知っている、ほむらと、ロバート様の見ている、ほむらは、違う存在のように思えた。
きっと、父のことが大好きだったから、ほむらは私のことも気にかけてくれているに違いない。
「ご令嬢に膝をつかせてしまったな」
ロバート様はようやく笑うと、立ち上がり、私に手を差しのべてくれた。
「……それにしても、ライラは、本当に竜と話すことが出来るんだな」
どうして、そんな顔をするんですか?
切なそうな、不憫なものを見るような。
差し出された、その手はゴツゴツとしていて、アルベルト様と比べて体温が高い。
その手を取って、立ち上がった時、なぜかわからないけれど、アルベルト様の黒い瞳が脳裏をよぎった。
なぜだろう……。とても、いやな予感がする。
離れていても、私の中にあるのを感じていたアルベルト様の気配、恐らく今までの話の内容から言って魔力が、急速に熱を帯びていく。
どうしよう。私……行かないと。
「ライラ、どうした?」
「キュイ……」
アルベルト様が、苦しんでいる。
「おい、何で急に竜の……」
私は、スカートの裾を翻して走り出す。
大丈夫。アルベルト様は、近くにいる。
「おい! まだ、団員たち全員に説明していないから、不用意に出歩くな!」
その声に従うべきだという私と、一刻も早くそばに行かなければという焦燥感に突き動かされる私。
たぶん、その焦燥感は、本能からの警告で、天秤がどちらに傾いてしまうなんて、考えるまでもなく明白だった。
竜騎士団の、赤い絨毯がしかれた、長い廊下を走り抜けていく。
途中、すれ違った団員たちは、私の顔を見ると、目を見開いて、すれ違いざまに私の瞳を凝視する。
でも、そんなことに気を遣う余裕が私にはない。
後ろから、私を追いかけてくるロバート様が、「あとで、緊急会議がある。かん口令だ!」とすれ違った団員たちに申し伝えていく。
ごめんなさい……。大事にしてしまって。
アルベルト様の魔力が強く感じられるドア。
それは、他のドアに比べて、随分重々しい、まるで何かを閉じ込めるような頑丈そうな造りをしていた。
「ライラ、その部屋は開かない。帰ろう?!」
ロバート様が、珍しく慌てている。
でも、今は、今だけはその言葉に従うことなんてできない。
「――――キュイッ!」
肩に置かれた、ロバート様の手を、思わず振り払う。
嫌だ! この中に、私の大好きな香りの持ち主がいるの!
苦しんでいる……。誰も邪魔しないで!
ドアに手を触れれば、何か大きな魔力が入る人間を拒んでいるのを感じた。
――――これは、私の屋敷の周りに父が張り巡らせていたものと同じ。でも、こんなの、子ども騙しだ。あれは、私には解くことができないけれど、これなら簡単に解くことが出来る。
その時の私は、魔法を使うことができないと思っていたのが嘘みたいに、自信に満ち溢れていた。
あとから、考えても不思議に思うけれど……。
ドアノブを掴めば、ギギ……、ガチャンッと少しさび付いたような鍵が開く音がした。
そのまま、勢いよくドアを開けば、額から玉のような汗を流して、蹲るアルベルト様が目の前にいた。
ロバート様が、一緒に入ってこようとしたけれど、その前にドアは勢いよく閉まった。
ドアを叩く音がするけれど、もう開かないみたいだ。
「アルベルト様?」
「はぁっ……。ライラ? はは、流石に魔力を酷使しすぎて都合のいい幻覚まで」
私は、そのままアルベルト様のことを抱きしめる。
この前とは、比べ物にならないほど、その体は熱を帯びていた。
「あ……。ライラ? 本当に? え、どうして」
「どうして、すぐに私のところに来てくれなかったんですか?」
「っ……。ライラ! ここは危険だから、早く俺から離れて」
知っている。魔力が渦巻いて、今にも破裂しそうだ。
こんな熱い魔力が、爆発してしまったら、私なんてひとたまりもないかも。
でも、そんなことどうでもいい。私はアルベルト様の頬にそっと触れる。
熱い魔力は、私に向かって流れ込む。
「やめろ! ……やめてくれ、ライラ」
苦痛のせいか、魔力の暴発を抑えるためか、アルベルト様が身動きが取れないのをいいことに、その頬にそっと口づけする。
アルベルト様が、泣いている。
泣いている姿、初めて見た。
どんなに自分が苦しくても、悲しくても、とても強いアルベルト様は、泣いたりしないことを知っている。
――――じゃあ、その涙は誰のために?
アルベルト様を取り囲んでいた熱が冷めれば、私の体は氷みたいに冷えながら、小さくなっていく。
気がつけば、私は、アルベルト様の膝の上で強く抱きしめられていた。
「キュイィ(眠いです)……」
「このままお休み……ライラ」
繰り返し、私の上に落ちてくる雫は、甘い慈雨みたいで、なぜか心の中まで染み込んでくるみたいだった。
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