第15話 その状況、似ていませんか?
コップと瓶の破片を拾って、こぼれてしまった蒸留酒を丁寧に拭き取る。
蒸留酒は、拭いているだけで酒精の香りが漂う。ずいぶん、アルコール度数が高そうだ。
アルベルト様は、いつもこんなお酒を飲んでいるのだろうか……。
私と一緒にいる間、アルベルト様が酔っている姿は、一度も見たことがないのに。
掃除も洗濯も終わってしまうと、またすることがなくなった。十五分だけと言っていた、ロバート様はよほど疲れ切っていたのだろう、まだ眠っている。
それはそうだろう。命懸けの撤退を強いられた戦地から帰って、そのまま休むことなく働き続け、そこに私という厄介者の相手まで。私は、ゆっくり休ませてあげることに決めた。
その時、コツコツと控えめに窓を叩く音がした。
「ほむら!」
赤い体躯と金色の瞳。
私の大事な家族が、窓の外でお行儀よく座っている。
私は窓を開けると、庭に飛び出した。
「ほむら! 久しぶりね? 元気にしていた?」
(ライラこそ元気そうでよかったよ)
私に鼻先をすり寄せてくるほむら。それに応える私。この瞬間だけは、まるで時間が巻き戻ったみたいだった。
(ごめんね、僕の配慮が足りなかったばかりにライラとアルベルトを危険な目にあわせて)
どういうことだろう?
どうして、ほむらのせいで私たちが危険な目にあっただなんて……。
「ほむら? 何がほむらのせいだというの」
そういえば、父の残した資料には、金色は竜族の中でも最上位だと書かれていた。
ほむらの瞳は、私や父と同じ金色をしている。竜騎士団の他の竜は、竜舎で暮らしているのに、一匹だけ自由に過ごすほむら。そのことが関係しているの?
(……僕のことを監視している人間がいることには気がついていたんだ。でも、あのタイミングでべリアの結界が解けてしまうなんて思わなかったから。すぐに追いかけたんだけど……)
「ほむらが助けてくれたの?」
(危ないところだった。ライラが、いずみの背中で立ち上がった時は、肝が冷えたよ。それに、あんな叫び声上げるなんて。心臓が止まるかと思った。アルベルトが魔法を使って、落下速度を落としていなかったら、間に合わなかった)
叫び声って、思わず上げてしまった竜の鳴き声のことだろうか。
それにしても、結局のところ、ほむらとアルベルト様のおかげで助かったというわけなのね。
いつも、私が危険になると助けに来てくれる、ほむらに心から感謝する。
「ありがとう……。あなたはいつも助けに来てくれるのね」
私がお礼を言うと、もう一度ほむらが鼻先を私の首元にすり寄せた。
(それにしても、ライラがあんなに可愛らしいなんて予想外だった)
「……え?」
もしかして、私が竜化していた時のことを言っているのだろうか。
空色の体は確かにきれいな色だけれど、短い脚も、丸い体も、ほむらみたいな上位の存在としての威厳なんて一つもない、落ちこぼれの見た目の気がするのに……。
「あんなにまるまる、しているのに。ほむらやいずみと全然違うよ?」
(ふふっ。竜は、成人の儀式を迎えるまでは、子どもの姿で無力なんだ。大人になるまでは、誰の目にも触れさせず、親に守られて過ごすんだよ)
「そうなの……」
成人するまで、誰の目にも触れさせず?
それって、まるで……。
(……成人する前に番に見つかると、連れ去られてしまうから)
冷たい目をしたほむらが呟く。竜の生き方もいろいろあるのかもしれない。
そうなんだ。番って、夫婦になる相手のことかな?
でも、まだ幼いのに、親から引き離されるなんて……。
(番って言っても、必ずしも夫婦とも限らないんだ。ライラ……。それにしても、その香り……アルベルトから魔力を受け取ったの?)
ため息交じりの、ほむらの言葉。
魔力を交換するって、さっきロバート様も言っていた。
「私……。魔力がないはずだよね? それなのに交換できるの?」
今度こそ、ほむらがため息をついた。
そして、静かに今朝、アルベルト様から感じたものと同じような感覚が私に流れ込む。
「――――やっ?!」
その瞬間、体が焼けるように熱くなる。
まるで、異物を流し込まれたみたいな不快感。
(ごめん、ほんの少量だから、不快感は一瞬だけのはず。……でも、普通は自分の物じゃない魔力にはこんな風に拒絶反応が起こるんだよ)
ウソ……。だって、今朝アルベルト様から感じたのは、ただ懐かしく穏やかな……。
(あ、後ろでロバートが唖然とこっち見てる)
慌てて振り返ると、ロバート様が、呆然と私たちを見つめていた。
寝過ごして起きたら、私が部屋にいなかったのだ。
驚かしてしまったに違いない。
「ロバート様、ごめんなさい!」
私がロバート様の方に近づいていくと、バサバサと騒がしい音を立てながら、ほむらが空へと浮かんだ。
(べリアとライラ以外の人間や竜といるのは、あまり好きじゃないんだ。……また、会いに来るから)
そういうと、ほむらは空へと羽ばたいて行ってしまった。
いつもの軽口が聞かれないロバート様と、そのせいでどう対応していいかわからない私を残して。
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