第14話 お世話係に任命されました。
いつの間にか、私たちの両手は指先をからめて繋がれている。
姿を変える時や飛ぶ練習をしている時に何回か感じた、体を構成している大事な何かがアルベルト様の方に流れていく。
アルベルト様の手から流れ込んでくるのも、同じ類いのものみたいだ。
それは、温かくて、どこか懐かしくて、泣きそうになるような余韻を残して、静かに私の体を巡る。
そういえば、竜として過ごしていた数日間、手をつなぐことは出来なかった。
だから、これはたぶん、人と人の手にだけ許されている特権なのだ。
「――――ライラ、話さないといけないことが」
私を見つめる瞳は真っすぐなのに、ためらいがちな言葉。たぶんそれは、私が竜の言葉がわかること、そしてなぜか竜にその姿を変えてしまったことに関係しているのだろう。
もしかしたら、本来であれば高位であることを示す金色の瞳のことも関係するのかもしれない。
アルベルト様にとって、話しにくい内容なのだろう。再び、沈黙がその場を支配した。
バァン!
沈黙をかき消して、不躾で派手な音を立てて扉が開く。
私もそろそろ、そういうことをする人が、竜騎士団に約一名いることを理解し始めている。
だから、驚いたりしない。
思わず、アルベルト様と私は、繋いでいた手を離して、お互い距離を取ってしまったけれど。
「――――おぉ……?! 魔力の交換? 予想外だ。ずいぶん仲良くなったものだな?」
その割には、予想通りで、してやったりとでも言いたそうに、口の端が歪んでますけど。
魔力の交換って言いました? 何でしょうそれは。
「ロバート様……」
「お! 竜の鳴き声も可愛かったが、素の声は、もっと可愛らしいじゃないか、ライラ」
本当に。ロバート様は、場の空気を換えてしまう天才なのだろうか。
きっと、少し空気が読めないところがあった父をこうやってフォローしてくれていたのだろう。
でも……。それとこれとは、話が別だ。
それに、この格好について一言物申す必要がある。
「ロバート様。この格好、どういうことですか?」
「持ってきたのは、アルベルトだ。アルベルトに言った方が良いんじゃないか?」
「――――そういえば、ライラはなぜ、メイドの格好をしているんだ?」
今さらですか。いくらなんでも、私のこと眼中になさすぎです。
うう……。自分で考えて、悲しくなってしまう。
「……冗談はさておき、ライラが人に戻った時に備えて、竜騎士団でメイドを一人雇う手配をしていたんだよ。まあ、べリア殿は秘密主義だったせいで使用人をそばに置かなかった。竜騎士団長殿専属の使用人が、今までいなかったのは歴代を考えれば異例のことだから、すんなり書類は通った。これで、ライラがここにいる大義名分が出来たわけだ」
「えっ、私のために? ……それでは、この格好も?」
「新竜騎士団長就任の手続きの合間に、そんなことまでしていた、仕事のできる俺を尊敬してもいいぞ?」
そう言われれば、これ以上何も言うことは出来ない。事実だし。
きっと、裏で苦労して手をまわしてくれていたに違いない。
ロバート様は、本当に有能な副官だと思う。私が負担に思わないようにあえてこんな言い方をしていることも、なんとなくわかってしまう。
――――まあ、この格好については、半分以上、自分が楽しむために選択したような気がしていますけど?
メイド服に関してだけ言えば、間違っていない。乙女の勘がそう言っている。
それでも……。
「感謝しています。ロバート様……」
私は、深々と頭を下げた。
何が理由なのかは、はっきりしていないけれど、私は誰かに狙われているらしい。
そんな私を、問題なく雇い入れるための手続きは、きっと大変だったに違いないのだから。
「――――聡いな。そういうところ、ほんとにべリア殿に似ている」
ロバート様は、照れ隠しなのかミルクチョコレートみたいなくせ毛をグシャグシャと掻きまわした。
ぶっきらぼうに差し出してくれた一枚の紙は、正式な手順を踏んだ、竜騎士団の一員としての任命書だった。
「さ、そろそろ仕事に行かないと、今日も帰りが夜中になるぞ。アルベルト」
そう言いながら、あくびを一つしたロバート様の目は少し赤い。
それはそうだろう。昨日はまだ竜の姿だった私と遊んで、いや護衛してくれて、そのまま宿直だったのだ。しかも、私のために今の今まで動いてくれていたらしい。
「ライラの護衛はきちんとこなすから、心配せず行ってこい」
「――――ライラ、待っていて、最速で終わらせるから。余計なことするなよ、ロバート」
余計なこととはいったい?
竜の時と違って、私は良識のある大人です。
飛ぶ練習をしているうちに、カーテンに絡まって、全部外してしまうような余計なお仕事を増やしたりしない予定です。
それよりも、昨日は竜の姿だった私を見守って、そのまま宿直業務をこなし、さらには私のために手続きまで……。
しかも、護衛って聞こえた気がしました。
「あの、ロバート様、少し休んだ方が……」
「俺のことは気にしなくていい。眠い時はちゃんと眠るしな。……それより、アルベルトに睨まれるから、やめてくれ?」
アルベルト様が、睨む理由が分からない。
振り返ると、少し険しい表情をしていたアルベルト様が、なぜか私から目線を逸らす。
――――仕事に行くのを邪魔するのは、確かに良くないわね。
私は、軽く深呼吸すると、気持ちを切り替えることにした。
今まで、家に引きこもって父とほむらくらいとしか、関わったことの無い私。
家事は好きだから、完璧にこなしていたつもりだけれど、きちんとした仕事を与えられるのは、生まれて初めてだ。
新しい生活と、仕事に少しだけ心が浮き立つ。
気合を入れて、しっかりお仕事しよう。
「――――行ってらっしゃいませ。ご主人様。その前に、お酒のにおいが染みついてます。着替えた方がいいですよ?」
「は? いきなりなに、ライラ」
「だって、お世話係として、雇っていただいたんですよね?」
「いや、今まで通り名前で……」
そうこうしているうちに、転びそうな勢いで走ってきた新人竜騎士が、「失礼いたします! アルベルト殿じゃないと解決できない案件です!」と、扉の隙間から緊張した様子で声をかけてくる。
「……分かった」
お仕事モードの顔に切り替わったアルベルト様は、会話を切り上げると、手短に着替えて走り去っていった。
「お世話係か、良い響きだな。ご主人様という響きも……。でも、それで今までよりも距離が離れたら、楽しくないじゃないか。ふむ、いろいろお世話をしてもらえるように、作戦を練り直す必要があるな」
ロバート様が小さな声で呟いた言葉を、私は聞き逃したりしなかった。
本当に、素晴らしく有能で、面倒見がいいけれど、楽しさを一番に持っていく主義は代えられないようだ。
ぶれないロバート様。でも、憎めない。
――――それにしても、いろいろお世話をするって、何をすればいいのだろう。まずは、掃除かな?
「……ふむ、静かになったな。十五分だけ休ませてもらうか。何かあったら、絶対に声をかけろよ」
やっぱり、無理をしていたのだろう。
ロバート様は、ソファーに寝ころぶとすぐに寝息を立て始めた。
十五分なんて言わずに、ちゃんと寝た方が良いのに……。
……さっき割れた瓶と、アルベルト様の軍服のお洗濯でもしよう。
竜でいる間は、いくらでも遊んでいられたのに、人の姿に戻れば、暇にしているのは肩身が狭い。
仕事が出来て、ありがたいわ。
私は早速、ロバート様を起こさないように、足音を忍ばせてアルベルト様の寝室へ向かうと、割れてしまったガラスを拾い始めた。
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