第13話 その手は、まるで。
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二人の間を、沈黙が流れる。
今、私たちが考えているのは、きっと同じ人のことだろう。
何も言うことが出来ずにいる私の代わりに、アルベルト様が気遣うように口を開く。
「――――俺が残れば、べリア殿はきっとまだ」
そうなっていたら、父は帰って来て、その代わり私たちが出会うことはなかったのでしょうね?
私は、きっと何も知らずにこれからも、過ごしていったのかもしれない。
父にどれだけ守られていたのかも。
アルベルト様と父が過ごしていた時間も。
それにしても、アルベルト様の後ろ向きな言葉を前に、私の記憶の中の父は、笑顔のままに少し怒っている気がします。
そして、戦いに行く前に私の机に隠すように置かれていた、極秘資料……。
たぶん、父はこうなることをどこかで予見していたのではないかしら。
父が何を望んでいたのかは、今となってはわからないけれど、少なくともその二つを、アルベルト様に伝える責任が、私にはあるような気がした。
「……父は、覚悟していたのだと思います……。それに、私はアルベルト様がご無事なことを嬉しく思ってます。父だって同じ気持ちに違いないです。あんまり後ろ向きなことばかり言っていると、父に怒られますよ?」
「……そうだな。べリア殿はそんな方だった」
その最後は、やっぱり私の知っている、少しだけ人の心の機微に疎くて、自分の信じた道をいつも突き進んでいた父らしいと思った。
「これで、いったん話は終わりにしましょう。それよりも、気になることがあるので」
私は、アルベルト様との距離をゆっくりと縮めていく。
竜の姿をしていた時には、あんなに当たり前のようにそばにいることができたのに、人の姿をしている時には、近づくことにとても勇気がいるけれど。
――――ああ、やっぱり、アルベルト様は、さっきの魔力の暴発で怪我をしている。
私は昔から、嗅覚が優れている。
アルベルト様からは、いつもの爽やかで甘い香りのほかに、さっき浴びてしまった蒸留酒の香りと一緒に、鉄臭い香りが漂っている。
「あの、ライラ?」
「ここですね」
アルベルト様は、左利きだ。
その証拠に、左の手のひらが傷だらけになっている。
私は、傷だらけになっているその手に触れる。
古い傷も、ごく最近の傷も、さっき出来てしまった傷もある。
痛そう……。
魔力が不安定だというのは、本当なのだわ。
魔力が何度も暴発している証拠が、その手には刻まれていた。
自分の手を、まるで忌々しいものみたいに、アルベルト様が見つめている。
私は、なぜか胸が痛んで、少し悲しくなってしまった。
「――――本当は、ライラの安全のために、近くにいない方が良いって分かっているんだ」
そばにいて欲しいです。私は……。
その言葉を伝えるのには、とても勇気がいる。
私には、まだ伝えられそうにない。
「……父も、若い頃はよく魔力を暴発させては、怪我をしていたと言っていました。体内に宿す魔力が大きければ大きいほど、若い頃は苦労するのだと……。逆に私は、魔法を使うことが出来ませんけど」
そっと、その手に触れる。
剣を握っているその手は、硬くて。でも、自身の魔法に繰り返し傷つけられたその手は、きっと剣を握る度に痛むだろう。
そっと、出来たばかりの傷を避けながら、その手のひらを撫でる。
そういえば、父の手も、こんな風にゴツゴツとしていて、古い傷があった。
今思えば、あの傷は、若い頃の魔力の暴発でできたものだったのかもしれない。
「アルベルト様の手は、父の手に似ています」
その瞬間、黒い瞳にキラキラと光が差した気がした。
その瞳を覗き込んだ時、金色の光を放つ私の瞳が映っているのだと気がつく。
今日初めて、まっすぐに私のことに視線を合わせてくれたアルベルト様は、「最高の褒め言葉だ」と、嬉しそうに笑った。
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