第12話 あの日の真実 2
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気がつけば、もう王都についていた。こんなにも長く気を失うなんて、手刀だけでなく、睡眠魔法もかけられたに違いない。ロバートは、そういうところが、抜かりない。
手短に王宮で報告を済ませると、竜騎士団の竜舎で待ち構えていたいずみの背に乗る。
戦勝パーティーまで時間がない。とにかく、会いにいかなくては。
着替える間も無く、黒い軍服のままの俺は、珍しい黒い髪と瞳もあって、全身真っ黒だ。
まるで、御伽噺の夜の竜王みたいだな。
怖がられは、しないだろうか。
いずみの背中から、王都を眺める。
目的地は、いずみが知っている。
無意識に、ベリア殿に渡されていた可愛らしい御守りを握りしめる。
その場所は、一見普通の民家だった。そして、殺風景な庭の真ん中で、一人の何の変哲もない、ごく普通の少女が、空を眺めていた。
――何の変哲もないごく普通の少女だと認識させられている。
それは、強い魔力を持つアルベルトですら、事前情報がなければ、騙されてしまうほどの巧妙な認識阻害魔法だった。
おそらく、彼女の本当の姿は、結界を越えてみないと分からない。だって、どうしても彼女の顔を結界の外からは認識できないし、聞いていた髪と瞳の色とも違う、ごく平凡な茶色の髪と瞳に見える。
それにおそらく、無理に結界の中に入ろうとすれば、前後、短時間の記憶を失う魔法まで……。
どれだけ周到に、守りを固めているんだベリア殿。
一体、何から守ろうとしていたんだ。
御守りに込められた魔法が、結界を解除する鍵だ。
御守りを持ったまま触れれば、カチャンと、鍵が開く時みたいな音がして、あんなにも複雑に構築されていた結界が俺のことを受け入れる。
中に入れば、再びカチャンと音がして鍵が閉まった。
しかも、今の一瞬で、俺のことを弾くことがないように、結界の内容が書き換えられた?
どんな魔法陣を構築すれば可能なのか、複雑すぎて想像もできない。
結界や防音魔法は得意な方だと思っていたのに、まだまだベリア殿の足元にも及ばないことを理解させられる。
結界の内側に入った途端、空気が変わった。明らかに胸が弾むような、甘くて魅惑的な香りが漂っている。
香りに気を取られ、その直後に目に飛び込んできたのは真夏の空のように色鮮やかな空色。そして、ベリア殿と同じ金色の瞳。
大きな瞳は、髪の毛と同じ色のまつ毛で彩られて、優しげだ。薔薇色の唇が、少し震えながら、美しい音を立てる。
「あなたは?」
いずみの背に乗って現れた、父と同じ軍服姿の俺を、どこか夢見るような瞳で、ライラが見つめた。
「ベリア殿の部下で、アルベルトと申します」
「そう、ですか。では、父は……」
その瞳からは、悲しみは見られない。ただ、あるのは、信じられないという戸惑いだけ。
俺たちは今頃、もっと、笑い合いながら、出会えるはずだったのに。拳を握りしめる。できるだけ平静を装って、その言葉を伝える。
「君の父上は、部隊の仲間を逃がすために最後まで戦い、そこから行方が分からなくなった。おそらくは……」
可愛らしい、御守りを手渡す。
これで俺の役目は、終わりなのだろうか。
幼い頃から、あんなに会いたかったライラは、想像していたよりもずっと魅力的で、愛らしい人だった。
このまま陰から守り続ける覚悟はあるけれど……。
その時、ライラが口を開く。
深い森の奥に住む、精霊はきっとこんな声に違いない。
「――竜騎士としての父は、どんな人だったのか教えてもらえませんか? 私は、家の中にいる父のことしか知らないから」
俺は、竜騎士としてのベリア殿のことしか知らない。強く、優しく、誰よりも……。
「ええ、誰よりも強く、誰よりも尊敬する上司でした。俺も何度も命を救われました」
こんな言葉だけでは、その背中がどんなに頼りになるのかも、どれだけ誇りを持っていたのかも、どれだけ仲間に信頼され、尊敬されていたのかも伝え切ることが出来ない。
「べリア殿には、返しきれないほどの恩がある。君のことを一人にはしない」
ベリア殿は、ライラは可愛いものと、甘いお菓子が好きだと言っていた。今度の非番には、またこの場所に来てもいいだろうか。
可愛らしい、甘いお菓子を持ってくるから……。
密かにそんなことを決意して、俺は、戦勝パーティーに参加するために、ライラの元を去った。
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