第11話 あの日の真実 1
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あの日、味方の裏切りにより、今までにないほどに、竜騎士団は苦戦を強いられていた。
俺とべリア殿は竜騎士団員を逃がすため二人だけで戦っていた。
裏切った原因は、恐らく王家における俺の立ち位置のせいだろう。
黒い髪と瞳を持った竜人は、高位と位置づけられる。
庶子として生まれた俺が、この色を持っていることは、いろいろと不都合が多い。幼い頃から、何度も似たようなことが起こっていた。
それでも、ここまで生き残ることができたのは、幼い頃に預けられた竜騎士団で、いつだって俺の力になってくれたべリア殿と、竜騎士団の仲間たちのおかげだった。
「――――俺の責任です。ここは、俺が引き受けます。べリア殿はもう、下がってください」
ここで、散ろうとも、今まで訳ありの俺を受け入れてくれた、竜騎士団の仲間たちを守ることが出来るなら本望だと思った。特に、竜騎士団長でありながら、俺のことを家族みたいに受け入れてくれたべリア殿を巻き込みたくはなかった。
その瞬間、頭を拳でコツンと叩かれた。
まるで、悪いことをして叱られたみたいに。
「アルベルト。お前は強い。だが、その力をまだ制御できていない。……そんな未熟なガキに守られなくてはいけないほど、俺が弱いと言うつもりか?」
べリア殿は、そう言って豪快に笑った。
これだけの軍勢、しかも恐らく王族の精鋭が紛れている。
どう考えても、生きて帰れる望みなんてないのに。
「――――アルベルト。この戦いが終わったら、俺の娘に会わせる約束をしていたな」
「ええ。幼い頃から、ずっと楽しみにしていました」
べリア殿の話の中のライラは、いつも明るくて、少しドジで、世間知らずで純粋で……。聞いているだけで好ましく感じてしまうような人だった。
幼い頃、どうして今すぐ会わせてくれないのかと、ベリア殿に聞いてみたことがある。記憶の中で、誰かにわがままを言ったのはそれ一回きりだ。
あの時、べリア殿はなぜか表情を曇らせて「ライラが18歳になった時に、会ってほしい。それまでは、誰の目にも触れさせるわけにはいかないんだ」と、言い、俺の頭を撫でた。
あの時と同じ表情をしたベリア殿が、今、俺の目の前にいた。
「悪いがあの時の約束、俺がいなくても、守ってもらえるか?」
そう言って、べリア殿は、手作りであることが一目でわかるリボンや小さな花が縫い付けられた可愛らしい御守りを俺の手に握らせた。
「俺の屋敷には、訳があって、誰も通ることができない、強い結界を張っている。だが、この御守りを持っていけば、その結界は解ける。すまないが……お前にしか託せない」
「べリア殿? それはどういう」
「ライラは、18歳になった。本当は今回の戦いが終わったら、二人に話そうと思っていたのだが、少し遅かったみたいだ。……今回のことは、お前のせいじゃない。ここは俺が、責任をもって片づけるから」
その瞬間、眩いほどの魔力がべリア殿の周囲に集まった。
その金の瞳が、強く輝く。同じ色の髪も、その光を反射しているかのようだ。
眩しい。目を開いているのも難しいほどに。
ポンッと軽い力で、肩を叩かれる。
それは、力とは裏腹に、なぜかとても重く感じた。
ベリア殿が、俺たちと共に戦ってくれていた、ほむらと、いずみに話しかける。
「時が来た。俺の娘と、アルベルトを見守っていてくれ」
「キュイッ」
「ははっ。自分も残るなんて困らせるなよ。ほむらにとっても、ライラは家族のような存在なのだと信じてるから。これからも守って欲しい」
「キュイッ……。キュッキュイッ?」
「ああ、いずみも達者でな。まだ、お前の主人は幼い。しっかり支えてやれ。え? そうだな……。二人とも鈍感そうだな」
「キュイッ。キュッキュイッ?」
いずみが何故か、俺の方を見た。
何だその視線?
一瞬、眼光を鋭くしたベリア殿。その直後、ベリア殿は、何故かため息をついて、口の端を上げた。
「ああ、仕方がないからそうなったら許すよ。ただし、アルベルトがライラを泣かせたら許さないけどな。そこのところ頼む」
「キュイ」
ベリア殿は、竜の言葉を理解できる。
それ故に、竜騎士団長として選ばれ、それ故に王国に縛られている存在。その出自や私生活は、不明な点も多い。
俺が知っているのも、王都に何かを隠すように強い結界を張り巡らした屋敷を持ち、ライラという名前の可愛らしい娘がいるということくらいだ。
……それにしても、何を話しているのか気になる。
「さあ、しばしの別れだ。そうそう、ライラは、可愛らしいものと、甘いお菓子が好きだ。あと、泣かせたら、地の果てからでも追いかけて八つ裂きにする。よろしくな?」
そして、その直後、強大な魔方陣が構築される。
それが、仲間の待つ後方への転移魔法だということに気がついたのは、すでに安全な場所に移動させられてからのことだった。
「べリア殿!」
俺の声は、遠方で空を赤くするほど燃え上がる、恐らくべリア殿から放たれた、竜の咆哮のような魔法からの衝撃と音でかき消されていった。
思わずその方向に走り出そうとした俺は、ロバートから繰り出された手刀による衝撃で意識を刈り取られた。
「……お前のことを連れて帰るように言われている。団長の最後の命令だ。悪く思うな」
苦渋に満ちた、ロバートの言葉と悲しそうな、二匹の竜の鳴き声だけが、意識を失う直前に聞こえてきた。
最後までご覧いただきありがとうございました。
アルベルト視点の物語は、もう一話続く予定です。
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