第10話 優しい言葉をくれるのに。
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しばらくすると、アルベルト様は、何ごともなかったかのように無表情のまま、黒っぽい服を抱えて戻ってきた。
先ほどの音が気になりすぎて、チラリと覗いてみた扉の向こうには、既に誰もいなかった。
とりあえず、寝室に戻ってその服を着る。
「あの……」
はっきり言って、聞くのが怖い。
先ほど、扉の向こうで何が起こったのでしょう。
そしてこの服は、明らかに。明らかに、メイド服。
アルベルト様は、私が聞きたいことに気がついたのだろう、バツが悪そうな顔になった。
どうも、私の服がメイドのそれということには、気がついていないようだ。
あれ? この世界では、メイド服は普段着なの?
私の認識がおかしいのですか?
「…………人の部屋を覗くのは、良くないからね」
しばらくの沈黙の後、言い訳でもしているみたいに私から視線を逸らしたアルベルト様は、耳を澄まさないと聞こえないくらいの声でそう言った。
まあ、それはそうですよね? たしかに有罪です。
でも、そうだとすると、人のベッドに潜り込んだ竜も、もちろん有罪です……。
そして、持ってきた服が、メイド服というのも有罪です。犯人は、ロバート様と私は予想しています。
ああ、真面目な話ですよね?
動揺している場合じゃ、ないですよね。
「…………せっかく、ライラのおかげで魔力が安定していたのに、俺はやっぱり変われない」
「え?」
掠れるような小さな声で、アルベルト様は呟いた。
魔力が不安定になってしまうと、時には爆発や暴風を引き起こすのは聞いた方がありますけれど。
さっきのは、魔力の暴発ということですか?
「あの、団員の皆様は」
本当に、すごい音がした。
はっきり言って、心配です。
「……ロバートが、防いでくれたから平気。それに、あの程度でどうにかなってしまうような柔な団員は一人もいない」
「あの、アルベルト様は」
魔力が暴発した場合、一番危険なのは暴発を起こした本人だと聞いたことがある。
魔法が使えない私は、「へぇ〜、そうなんだ」くらいにその時は思ったのだけど。
アルベルト様は、大丈夫だったのですか?
「そんなの、怪我したとしても自業自得だ。それより、俺のこと怖くなっ……」
「怖くありません!」
詰め寄ってしまったという自覚がある。
それにその言葉! 怪我したと言っているようなものだと気がついていますか?
一瞬、アルベルト様が虚をつかれたような顔をした。被せ気味に答えすぎてしまったみたいだ。
恥ずかしい。それでも。
「アルベルト様のこと、お日様の中でまどろむ子猫ちゃんくらいに、怖くありません!」
「子猫ちゃん……?」
例えを間違えてしまったかもしれない。アルベルト様に呆れられてしまった。
でも、本当に可愛い子猫ちゃんくらい、怖くないですから。
だって、アルベルト様はいつだって……。
私が、無謀にも竜の上で立ち上がって、バランスを崩した時も、一緒に落ちてまで、手を差し伸べてくれたじゃないですか。
私のことを王族の直属部隊からすら、守ろうとしてくれて。普通はそんなことできませんよ?
それに、世界で一人になったみたいに感じていた私に会いにきてくれました。美味しいお菓子を持って。
……お菓子に釣られたのではないですけど。
たくさん、たくさん伝えたいことがあるのに、何も言えない。ただ、しゃくりあげてしまうだけ。
また、泣いてしまった。こんなに泣き虫じゃ、なかったはずなのに。
「……ごめんなさい」
「あやまらないで」
そうですよね。泣いてしまって、困らせた上に、謝ったりしたらもっと困らせてしまいます。
顔を上げることが出来ない。
なんで泣いているのか、はっきりと言葉に表すこともできない。
「…………嬉しかったから」
「え?」
――――子猫ちゃんなんて言われて、怒るところでは?
あまりに予想外の言葉に、うつむいていた視線を上げて、思わずアルベルト様の、月の出ない夜みたいに漆黒の瞳に視線を重ねた。
アルベルト様が笑う。そんな笑顔じゃない。私が見たいのは、もっと違う笑顔なの。
だって……。その表情は、嬉しそうには、とても見えないもの。
「みっともないって、笑っていいよ」
「ごめんなさい。意味が」
意味がわからない。
アルベルト様は、いつもカッコいい。
みっともない姿って?
「……お願いだから、そんな優しい言葉を俺にかけないで」
ここまで言わせて、私はアルベルト様の心に絡みつくものが、私が思うよりも、ずっと重いのだとようやく気がついた。
だから私は、勇気を出して口にする。
「……アルベルト様は、優しい言葉をくれるのに」
「それは……」
ええ、分かっています。
アルベルト様が、団長であるお父様に、とてもかわいがられていたこと。
恩人の娘に、受けた恩を返してくれているだけだってことも。
「――――ライラの話をするべリア殿は、嬉しそうだった」
「え?」
唐突に、アルベルト様が、父の話を持ち出した。
「いつも、厳しい騎士団長が、あんなに大事だということを隠しもせずに話すなんて、どんな人なのだろうと……。ライラに会ってみたいと思っていたんだ」
「お父様が……。私の話をアルベルト様に?」
私に、竜のことを、いろいろなことを話してくれると、父が約束してくれた18歳の誕生日は、もう過ぎてしまった。そんな父が、アルベルト様に私の話をしていたなんて予想外だった。
「べリア殿はライラが18歳になったら、会わせてくれると約束してくれた。戦いが終わったら、べリア殿に紹介してもらって、ライラに会いに行くつもりだったんだ。……だから、あの日、べリア殿のことを伝える役割は、誰にもゆずりたくなかった」
少しだけ微笑んで、初めて私たちが出会ったあの日のことを、アルベルト様は、話してくれた。
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