第1話 夜の竜王様と魔法を信じられない私。
美しい街並みの中、長年続いた隣国との戦いの勝利に沸き立つ王都。この国の要は、最強の竜人達による、竜騎士部隊。時に人として絶大な魔法を使い、時に竜を従えて戦う彼らは、王国の守護者であり、絶対的な存在なのだ。
その日も私は、青くて雲ひとつない空を一人で眺めていた。
「俺が帰るまで、出来る限り屋敷の中にいるように、人目についてはいけない」
それは、戦いに行く前に父がいつも言う決まり文句だった。
「わかりました。いつも通りにしていますから。お父様、どうかご武運を」
私たち父子で、父が遠征に行く前に交わされる、いつもの言葉、いつもの約束。
約束通り、父が出征してから、ほとんど家に籠って過ごしていた。
それでも、戦いが終わったという知らせを受けたその日だけは、庭に出ていつまでも父の帰りを待つ。いつも、戦いが終わると真っ先に、竜に乗った父は、空から私の待っている家に帰ってくるから。
それなのに、その日、どんなに空を見上げていても、父は、その姿を見せなかった。
代わりに、父の愛竜とは違う、青みを帯びた銀色の竜が、庭の草木をその羽が巻き起こす風で激ししく揺らしながらも、地面に着地するときには音すら立てず、優雅に降り立った。
その背中に乗っていた人も、やはり優雅な身のこなしで竜の背から私の目の前に飛び降りる。
竜騎士を現す黒い隊服に、黒い髪と瞳。
まるで、夜を統べる竜王様みたい。
この国の伝承では、竜の王様は真っ黒で、夜を統べていると語られている。
世間知らずな私には、その人がまるで、竜王様の化身みたいに見えた。
きっと、真夜中の森にいたら、その存在を探すなんてできないほど、真っ黒な色合いのその人は、アルベルトと名乗った。
「君の父上は、部隊の仲間を逃がすために最後まで戦い、そこから行方が分からなくなった。おそらくは……」
アルベルト様が私を気遣うように語ったその言葉、そして残されていたという私が作った御守りを受け取り、ようやく私は、もう父は、いくら待ったって、空から竜に乗って舞い降りることがないのだと知ったのだった。
そして、私の秘密を知っている人間は、この世界に一人もいなくなってしまった。
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私、ライラ・ヒースティルトには、母がいない。
家族は、父一人。物心ついた時には、母はいなかった。
しかも、竜とともに生きる、竜人の血を継いでいるのに、その血を引いた者ならだれもが使えるはずの魔法を持たない半端者だ。
竜は、たとえその血を継いでいようとも、魔法の力を持たない者を、主人とは認めない。竜人は、竜と共に生きてこそ、その価値を認められる。
一方人間は、竜の血が混ざった者が、その身に宿す大きな力を恐れて近寄ることがない。
だから、私は竜人にも人間にも属すことができない。
魔法が使えない理由は、たぶん私に前世の記憶があることが関係している気がしている。
魔法を使おうとしても、どうしても魔力の存在が感じられないし、信じ切ることができないのだ。
幼い頃、私から前世の記憶があると、カミングアウトされた父も、魔法が使えないのはそれが原因なのではないかと言っていたし……。
科学が発達した世界に生きてきて、魔法なんて絵空事だと刷り込まれているのだもの。
自分が魔法を使えるなんて、とても信じられない。
しかも私の髪の毛は、母から受け継いだという、とても珍しい空色をしている。
人混みの中にいたって、その色はとてもよく目立ってしまう。髪の毛の色を説明されただけで、きっと私のことを見つけられない人なんていないというくらいには目立つ。
しかも、私の瞳は、竜人の中でも、高位の竜人を示す金色をしていた。
無駄に目立つその色は、私が平凡に生きることすら、難しくしている。
せめて普通の色合いだったなら、人に紛れてもっと生きやすかったに違いないのに。
父は、高位竜を現す金色の瞳を持ちながらも、魔法が使えず、自分を守るすべを持たない私のことを案じて、家から出さなかった。そのことに、反発したこともあったけれど、父が帰って来ないまま、先日18歳になり、大人の仲間入りをした今なら、どれだけ大事に守られてきたのかが理解できた。
これからは、一人で生きていくのね。
守ってくれる人は、だれ一人いなくなってしまった。
それでも、これからの生活で金銭面での苦労はないだろう。
王都に小さいながらも屋敷もあり、戦いから帰って来なかった軍人の家族は、王家から補助金が降りるのだから。
……だから、これまでと同じように、出来る限り目立つことの無いように生きていけばいいのよ。
そう結論付けた私のことを、アルベルト様が気遣うような瞳で見つめる。
私は、親切な竜騎士に甘えて、一つだけどうしても聞きたかったことを尋ねることにした。
「――竜騎士としての父は、どんな人だったのか教えてもらえませんか? 私は、家の中にいる父のことしか知らないから」
「ええ、誰よりも強く、誰よりも尊敬する上司でした。俺も何度も命を救われました」
娘に話すことだから、多少話は盛られているに違いないわ。
でも、父のことを褒めてもらえて私はとてもうれしかった。
アルベルト様=いい人という構図が、私の中で完成した。
今まで、どんなに危険な任務を受けても、何事もなかったみたいに、父は帰ってきて笑いかけてくれたから、こんな日が来るなんて実感がなかった。
悲しいよりも、どこか非現実的で、きっといつかは醒める夢でも見ているみたいだった。
それでも、目の前にいるこの若い竜騎士も、そんな危険な場所から帰ってきたのだと、そして再びその場所に行くのだと思えば、私の胸はずきりと痛む。
アルベルト様は、泣くこともできない私を前に約束してくれた。
「べリア殿には、返しきれないほどの恩がある。君のことを一人にはしない」
そう言ってくれた言葉は、父以外の人が掛けてくれたことのない、春風に揺れる花のような優しい響きをしていた。
気の毒に思って、言ってくれただけの言葉だとしてもうれしい。
その約束は、果たされることなんてないだろうけれど。
だって、アルベルト様は竜人で、私は魔法を使うことができない、守る価値なんてない半端な存在なのだから。
それでも、そんな風に言ってくれるなんて、とってもいい人。
それなのに、予想が覆された私の困惑を他所に、その日から非番の日になると、王都で人気のあるお洒落なお菓子を片手に、アルベルト様は私の元にこまめに通ってくるようになった。
それは一人、屋敷で過ごすことが多い私にとって、唯一ともいえる楽しみになった。
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