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2000字の小宇宙群

作者: ますだ たつよし

1.郵便ポスト   ますだ たつよし




― 男は道路脇に置かれた四角い胴体のポストに背中をあずけて、スマホを操作していた。この事件は、男には偶然だった。が、ポストには必然だった。


「おい、メールなんか使わないで、手紙や葉書を書いてこの口へ投函してくれよ。日本中、いや世界中のどこへでも届けてやるよ」

 突然、背後から声がした。

 びっくりして振り返っても誰もいない。

 ポストの細長く開いた投函口は笑っているように見えた。

「こいつか? 気色悪いヤツだな」

 男は思わず小さな声を洩らした。

「気色悪いとは何だ」

 投函口から怒気を帯びた声が飛び出してきた。

「なに? ……こ、こいつがしゃべったのか」

 男は身体を後ろに反らして、奇声を発した。 その目は投函口を凝視していた。なにか(配線コード)を探すようポストの周辺をきょろきょろと見回した。

(ははぁ、ドッキリだな。この胴の中にマイクを隠しているんだ。離れた所から通行人に声をかけて驚く様を見て笑ってやろうと、カメラはどこだ……以前、TVでやっていた。自動販売機が声をかけると、通行人たちはどう反応するのかをスタジオで予想するというクイズ番組を。よ〜し、試してやろう)

「おい、ポスト。お前はなぜ赤いんだ」

「……」

「おいー。答えは? 答えろ! ……答えないと、蹴飛ばすぞ!」

 男は乱暴に演じてみた。

「じゃあ、その質問を手紙や葉書に書いて、この口へ投函してくれ。郵便局長へ送ってくれよ。俺は寂しいんだあ〜。もっともっと俺を使ってくれ! くっくっくっ」

「ふん、しゃべったな。ポストのくせに泣きやがってぇ」

 そう言うと男は右手の親指を器用に動かしてスマホのメール画面に《おもしろいポストがある。しゃべるんだ。ドッキリ……》と入力した。

「おい。そのメール、止めろ!」

「どうして? ポストのくせに人間に命令するな」

 男は、《カメラみたいだ》と続きを入力し、そのまま送信した。

「メール、SNS、ライン。もう〜うんざりだー。器械にばかり頼り腐って……そんなのは会話じゃない! 言葉じゃない」

 ポストは怒声をあげた。

「……でもよう、手紙とか葉書だと便箋、封筒代と切手代がかかるんだ。そのうえ、机に座らなきゃならんし、辞書を引かないと正しい漢字も書けない。金と時間がかかってしょうがない。ふん」

 男はまじめに反論してみた。(そんな負担をし、時間をかけてたまるか)ほくそ笑んだ。

 数秒間、音の無い静かな空気が漂った。しかたなく、男はまた声をかけた。

「おいー。どうした?」

 ポストは平然とした声で答えた。

「今なら、かもめ〜る発売期間中だ。クジ付の暑中見舞い用の葉書を買って送れば、受け取った相手は当選すると賞品をもらえる。きっと喜ばれるぞ」

「賞品で釣ろうという魂胆か」

「ものは試しだ。やってみろよ」

「(だまされないぞ)……おい。これはライブなのか? 今、オンエアーされているのか? ライブでなきゃ、いつオンエアーされるんだ。」

 男は話を引き戻した。

「ちょ、ちょっとなに言ってるのか分からん」

「知らばっくれるな。これはドッキリだろ? ドッキリカメラ」

「なんだ? そのドッキリとか、カメラって。そんなことよりも手紙か葉書を書いて、この口へ投函してくれ。頼む。俺は寂しい〜、もっともっと俺を使ってくれよ〜〜。でなきゃ〜」

「うん? でなきゃ、どうなるんだ?」

「こうしてくれる!」

 ポストは投函口を大蛇のごとく広げて男を飲み込んだ。

「あぁ〜あ〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜〜ぁ」


― 胴の中。言葉の神様が講釈を垂れる。


『人間は言葉を使って考えています。気持ちの良い言葉は心を潤し、嫌な言葉は心を汚します。それが言霊(ことだま)ということです。メールは言葉ではありません。単なる記号の変換です。言葉には記号に勝る意味があってそれぞれ表情を持ち、伝えたい意思を補ってくれます。手紙や葉書には文章そのものに巧拙(こうせつ)が出ますから、書いた人の表情も伝わります。メールは無機質な記号の発信機にすぎません。もっとあなた自身の言葉を磨くよう努めるべきですよ。言葉はあなたの人格そのものです。さあ、あなたの手で手紙や葉書を書いて気持ちを言葉に込めて送りましょう。』


― ポストの前に集配車が停まった。作業員が胴体の扉を開けると、男が転がり出てきた。


「しょうがないヤツだ〜。また飲み込んで〜」

 男の目は(ほう)けたように宙をさ迷った。

「あんたもあんただよ。飲み込まれるなんて。四六時中、スマホをいじ繰り回しているから、こいつに好かれたのさ」

 男はふらふらと立ち上がった。

「あぁ。好かれたついでに、これを差し上げます」

 作業員はバッグから小さなレターセットを出し男に手渡した。男は強張った表情で受け取ると、固く握り締め虚空を睨みつけたまま歩いて行った。

 集配車が走り去ると、ポストはその大きな口元をニッと歪めた。

                                  (了)


2 国語辞典        ますだ たつよし


「おい。その漢字、間違っているぞ」

「うっ? 誰だ」

 男はきょろきょろと首を回した。

「誰だぁ。どこにいる?」

「本棚の中段にいる」

 男は顔を本棚に向けた。白い表紙の真新しい国語辞典が目に飛び込んできた。

「よう。俺、『国語辞典 第十版』」

「なに? 辞典がしゃべった!」

「ああ、しゃべるんだ。俺は言葉の宝庫だからな。そんなことより、お前、大学生だろ? なぜ、そんな簡単な漢字を正しく書けないんだ? 「教幼試験」の「幼」が間違っている。自分の幼稚さを自ら曝しているぞ。恥ずかしいだろ?」

「放っておいてくれ。辞典なんかに説教されたくない。ふん」

 男は挑戦的な目をして答えた。

「俺はここに10年以上いるけど、手に取ってもらった記憶がない。俺をもっと頻繁に使わないから、正しい漢字が身に付かないんだ。情けない。これを『宝の持ち腐れ』という」

 辞典は憫笑(びんしょう)を帯びた声で諭した。

「……」

「ちょっと試しにやってみるかぁ」

「なにを?」

「漢字の書き取りだ。就職試験でも出るぞ、教養試験として」

「……」

「いいか。いくぞ。ノートにすべて「き」という一文字を書いてみろ。

    親の意見をき(聞)く。

    音楽をき(聴)く。

    私は右き(利)きです。

    風邪薬がき(効)く。

    き(木)に登る。

    き(気)持ちいい。

    どうだ。全部、書けたか? 見せてみろ」

 男は躊躇した。

「おい。見せろってー。確認してやるから」

「分かったよ」

 男はしぶしぶノートを辞典にかざした。

 それを見るやいなや、辞典はみるみるピンクから赤色に染まっていった。

「う~~~ん。おいー! 全部、「聞」くとはなんだぁ。ふざけているのか? コントや漫才をやっているわけじゃないぞ。えっ?」

「……」

「おい。答えろ」

 辞典は怒りを抑え、声を落として言った。

「……」

「答えろってー!」

今度は怒気を込めて言った。

「しょうがないだろ。意味の違いが分からないのだから。書けるわけがない」

 男は明らかに自嘲気味に答えた。

「こりゃあ、重症だな。ご愁傷様だ。いや~、ザルだ」

「んんっ? ザル?」

 男はキョトンとした顔で応えた。

「救((すく))いようがないってこと。いやはや、どうしてこうなった?」

「……」

「おい。答えろよ。ほんと、手間のかかるヤツだなあ」

「分ったよ。答えりゃいいんだろ。答えるよ。漢字については、小学校の5年からスマホを使うようになってぇ……、中学生になれば書ける、高校生になれば書ける、大学生になれば書ける、って、そのままきたんだ」

 男は、視線を天井へ移して悔いているような表情で答えた。

「努力もせずにか?」

 辞典は間髪を入れず返した。

「うん」

 男は首を大きく下げた。

「バカモン!!」

 辞典の怒りメータは振り切れそうだった。

 それにかまわず、男はノートにさっさと何かを書き、辞典にかざした。

「バカって、こう「馬鹿」書くよな」

目元に微笑を浮かべていた。

「……そうだぁ。正しいぞ。そんな難しい漢字が書けるのか。あぁ、バカだから(笑)」

辞典は呆れたという声音で返した。

「そうバカにするなよ。これでも結構、気にしてんだから」

「そうか。自覚しているんだな。じゃ、わずかだがまだ救いはある」

「どうすれば、正しい意味と漢字を覚えられるか、教えてくれよ。辞典なら知っているだろ?」

 男は真顔になって真剣に訊いた。

「う~~~ん、そうだなぁ」

 辞典はしばし思案した。

 その間、男は辞典を凝視していた。

 十数秒後、辞典は自信に満ちた声で言った。

「まずは意味の違いをしっかりと理解するために、俺を1ページずつ噛み砕き、飲み込むように読むことからはじめればいいんだ」

 それを聞くと、男は辞典を手元に寄せて、総ページ数を確認した。

「どうだ、結構なページ数だろ。すべて読めば現状を打破できる。漢字博士にもなれる。 やってみろ」

 辞典は力強い声で男にエールを送った。

 男は「あ ア」行の最初の(「亜」の出ている)ページを右手の親指と人差し指に挟んでその厚さを確認すると、さっそく読みはじめた。読み終わると、ベリ~ベリ~と破り、口に入れて噛み砕き飲み込みこんだ。

「おい! 止めろ! どうした? 誰が破れと言った? 読んで理解するんだ」

 辞典の忠告も男には馬耳東風であった。

「意味が違う! 破るな!」

 辞典は恐ろしさに悲鳴を上げた。

 その悲鳴を聞けば聞くほど、男は愉悦を覚え、読み終えたページを破いて、口に入れた。

 そのたびに、辞典は絶叫し、止めるよう哀願した。

 が、男は止めなかった。途中からは読むのが面倒になり、読まずに破いては口に入れ、水とともに胃袋へ流し込んだ。

「おい! 止めろってー! このバカ! ボケ! アホ! 脳足リン!」

 ついに辞典は罵詈雑言を口にしはじめた。にもかかわらず、男は破っては一心に飲み込み続けた。

 しだいに薄くなっていく辞典は消え入るような声で呟いた。

「これを『バカの一つ覚え』というんだ。『バカは死んでも治らない』」

 男は、破る手を止めて「ふん」と鼻を鳴らし勝ち誇ったように言い放った。

「余計な忠告をするから『バカを見る』んだ」

                                 (了)


 

 




                             









                     





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