悪役令嬢→孤児達の母親役になりました
文章内に汚い表現があります。
お食事中の方や汚物の表現が苦手な方は閲覧に注意して下さい。
和やかな空気の中、遠慮なくお菓子をもぐもぐ頬張っていると、コンコンッと小さいノック音が聞こえた。
「はいはい。何方かしら?」
修道院長は立ち上がり扉を開けると、そこにはエプロンをした妙齢の修道女が立っていた。
「院長、失礼致します。本日見習いの者が来るとのことで、こちらに伺ったのですが」
「ああ、丁度良いタイミングだったわね」
修道院長は妙齢の修道女を招き入れると、追加のお茶を淹れ始めた。
「さぁさぁ、立ち話も何ですし、まずはお座りになって?」
「院長、有り難いんですが、今人手が足りないんです。丁度子ども達がお昼寝から起きる時間なので、早く持ち場に戻らなければ……」
「あらもうそんな時間? では早速、当修道院のことについて説明しなければいけないわね」
修道院長はそう言うと、すっと目を細めて私を見つめた。
先程の和やかな顔とは打って変わって、どこか威圧感のあるその表情に、思わず食べていたお菓子の手を止めた。
「イザベルさん。……この修道院の裏の顔をご存知?」
私は、修道院長の鋭い眼差しと威圧感に思わず背筋をピンと伸ばした。
「はい、存じております」
修道院長はニコリと笑うが、その目は鋭いままで、笑顔とは程遠い威圧感を放っている。
修道院長は手を顎に当てて、ふむ、と考え事をすると、徐に口を開いた。
「それなら話が早いわね。この修道院は令嬢達の更生施設。問題児を教育し直す場ですわ。イザベルさんも身に覚えがあるのでは?」
「……はい、ございます」
「そうよね。メイドイビリ好きな令嬢、だなんて裏で囁かれているくらいですから、それなりの事をしていらっしゃったんでしょう?」
修道院長は、ほほほっと軽く笑った。
私は事実を指摘され、ぐうの根も出ずそのまま押し黙った。
「まぁ、ここで貴女の今までの行動について責め立てても仕方ありませんので、これから己のしてきた事をその身を持って体験していただきますわ。ここに来た令嬢の皆様は、まず適正を見るために、簡単な家事と育児をしていただきます。そして、適性が分かった段階で仕事を与えますので、ここを出るまでの間、毎日働いていただきます」
「はい」
素直に話を聞く私に、修道院長は肩透かしを食らったのか、驚いた様子で話を続けた。
「まぁ、随分素直に話を聞きますね? 事前の情報ではなかなかの性格だと伺っていたのに。それならさっさと話を進めましょう。……ルーシー、彼女を連れて行って頂戴」
隣に座っていた妙齢の修道女はすくっと立ち上がると、修道院長に一礼をした。
「はい、畏まりました。イザベルさん、行きますよ。付いていらっしゃい」
「は、はい!」
私は慌てて立ち上がると、その修道女の後について行った。
カツカツカツカツ。
ルーシーと呼ばれた修道女は足早に回廊を歩きながら私に話しかけた。
「私の名前はルーシー。この修道院に併設されている孤児院の責任者です。時間がないので詳しい説明は後にしますが、まずは子供達の相手をしてもらいます。いいですね?」
キビキビ話すその姿に、私は前世の職場の上司を思い出した。
(そう言えば、前世の職場にこんな感じの怖い上司がいたなぁ)
「イザベルさん? ……イザベルさん! 聞いていますか!?」
ルーシーにキッと凄まれ、私はびくっと身を竦ませながら返事をした。
「は、はい! 聞いています!」
「それならしっかり返事をしなさい! 全く、先が思いやられるわ」
ルーシーはブツブツ文句を言いながら先を急いだ。
(返事しなかっただけでそんなに怒らなくてもいいじゃない!! ……て、いけない。ここで反論しては、傲慢なイザベルに逆戻りだわ。ここは素直に上司の話を聞かなければ)
私は大人しくルーシーの後を着いて行くと、窓に可愛らしい装飾の施された建物の前までやって来た。
「さ、着きましたよ。ここには新生児から六歳までの身寄りのない孤児達が生活をしています。六歳を過ぎた子達は隣の建物に移り、修道女達の仕事を手伝いながら自立への道を歩むことになります。……まずはこの建物にいる子ども達の遊び相手をしてもらいます。こちらにいらっしゃい」
ルーシーは扉を開けると、わっと賑やかな声が聞こえてきた。
「ルーシー! どこ行ってたの!?」
「うわーん!! 僕のオモチャ!!」
「キャハハハッ! こっちこっちー!!」
ルーシーに駆け寄る子、ドタバタと走り回る子、ギャン泣きする子、様々だ。
(こ、この様子は、まるで保育園だわ!)
前世がワーママだった私は、子ども達を保育園に預けて働いていた。
そのため、このような光景は見慣れた物だった。
「用事があって応接室まで行っていたのよ。はいはい、みんな! まずは散らかったおもちゃを片付けないとおやつを出せないわよ! 修道女達と一緒にお片付けしましょうね!」
「「「はーい!!!」」」
(私もとりあえず一緒に片付けようかしら)
私は散らかったおもちゃを丁寧に拾っていると、男の子がトコトコやって来て、ドレスの裾を引っ張った。
「あら? どうしたの?」
「……うんち、出た。」
「えっ!? うんち!?」
私は慌てて男の子の履いていた服を引っ張り、上からお尻を覗き込んだ。
「……あ〜、本当だ。お尻綺麗にしなきゃね。洗い場と着替えはどこかしら?」
私はキョロキョロと辺りを見回した。
すると男の子が指を差しながら私に教えてくれた。
「シャワー、あっち」
「あら、教えてくれてありがとう。ちょっと着替えを探してくるから待っててね」
私はおやつを出す準備をしていたルーシーを捕まえた。
「ルーシーさん、着替えやタオルはどちらにありますか?」
「着替え? すぐそこの棚にありますが、いきなりどうしたのです?」
「うんちした子がいるので、お尻を綺麗にしてあげたくて。……ありがとうございます。では洗い場まで行って来ますね」
「えっ!? ちょ、ちょっとイザベルさん! 貴女、幼児の下の世話なんて出来るの!?」
「……? ええ。……あっ、大変! 動き出しちゃった! ちょっと急ぎますね、失礼致します」
ポカンと口を開けたままのルーシーを無視して先程の男の子を追いかけ、そのまま抱き上げた。
「こらっ、勝手に動いちゃダメよ。おやつの前にまずはクチャイお尻を綺麗にしましょうね」
私は男の子を抱っこしたまま着替えを片脇に抱えてお風呂場まで行くと、テキパキと汚物を処理し、男の子の身体を綺麗にしてあげた。
(うん、これでバッチリね! ここの子供服が簡素な物で良かったわ)
「綺麗になって良かったわね。さ、おやつ食べに行きましょう」
一連の様子を見ていたのか、ルーシーが背後から話しかけてきた。
「……驚いたわ。貴女、アルノー家の御令嬢よね? まさか幼児のお世話が出来るなんて……」
(ヤバッ! 前世の経験から普通に子どものお世話をしてしまった!)
私は慌てて振り向くと、ルーシーはガシッと肩を掴んだ。
「よしっ! 貴女は今日からここで働いてもらうわ! 丁度人手も足りなかったし、即戦力になりそうで良かったわ!」
ルーシーは即戦力になる労働者が増えたことに気を良くしたのか、鼻歌混じりで持ち場に戻って行った。