【ヘンリー視点】作戦決行2
ふと時計に目をやると、出発の時間が迫っていた。
(あまりゆっくりしている時間はない。急ごう)
「そろそろ時間だ。ひとまず皆と合流するぞ」
生徒会メンバーを引き連れ、ザッザッと藪の中を進みながら、思考を巡らせた。
(アルフはまだいいとして、この二人はどう配置すべきか……)
クロエ嬢とマリア嬢の配置について悩んでいると、あっという間に休憩地点に辿り着いた。
辺りを見渡し皆の様子を確認していると、私を見つけたエスタ卿が側まで寄って来た。
「あの、ヘンリー殿下。二人の件ですが、やっぱり怒っています……?」
エスタ卿には説教の一つでもくれてやりたいところだが、今はそんな時間はない。
再び込み上げてくる怒りを息を吐きながら抑え込むと、エスタ卿の問いに答えた。
「話したい事は山々あるが、今はゆっくり話す暇はない。だが、あの二人の配置についてどうするか……」
「あ、二人なら僕の側に配置しますから大丈夫です。魔王に悟られるといけないから闇の魔力は使えませんが、ハンデがあっても僕って最強でしょ? 守る者がちょっと増えたくらいなら問題ないですよ☆」
「そうか……なら、エスタ卿に任せた」
(まぁ、エスタ卿の側なら安全だろうな)
一つ考え事が減ったことにより、奪還に向けて集中出来るようになった。
(明日からはいよいよ魔の森へ足を踏み入れる。残りの道のりを進んだ後は皆をしっかり休まねば)
指揮を取るために、私は身を翻した。
* * *
日が傾き始めた頃、私達は辺境の街まで無事に辿り着いた。
そして、現在は予定していた宿の中で、各々が割り振られた部屋に向かっている最中だ。
(ここまでの道のりは順調だ。しかし、明日からはいよいよ魔の森。ここからが本番だ)
明日からの野営に備え、本日は宿を貸し切り一泊する。
(明日からは魔の森で野営だが、あの二人は本当に大丈夫だろうか)
クロエ嬢とマリア嬢は令嬢だ。
当然野営の経験などないはずだが、果たして耐えられるか……。
(まぁ、エスタ卿なら転移魔法が使えるはずだ。あまり奥地まで行かなければ、女一人、二人程度なら何とか安全な場所まで飛ばせるか)
しかし、エスタ卿は魔王と対峙した時の強力な切り札だ。
転移魔法はかなりの魔力を消費するため、出来れば避けたいところだが……。
(まだ二人は部屋に向かっていない。さり気なく野営の話をしてみるか)
「マリア嬢、クロエ嬢、ちょっといいか?」
「はい、何でしょう」
「ヘンリー殿下、どうしました?」
「ちょっと明日からの予定について話しておきたくてな」
二人は何のことか分からないと言った様子でお互いの顔を見合わせると首を傾げながら私の顔を見上げた。
「エスタ卿から聞いているか分からんが、明日から魔の森に入る。当然魔の森には宿などないから野営になるが、二人は大丈夫なのか? 引き返すなら今のうちにしといた方が良い」
私の言葉を聞いたクロエ嬢はふっと鼻で笑いながら私に反論して来た。
「ヘンリー殿下、私を舐めてもらっては困りますわ。こう見えても私はマルク家の人間。野営や魔獣の討伐くらい経験がありますわ」
クロエ嬢の話に便乗するように、マリア嬢も口を開いた。
「あのぉ……私は魔獣の討伐経験はありませんが、野営でしたら経験があります。お恥ずかしながら、我が家は貧乏です。使用人を雇うお金すらなくて自分の事は自分でする生活を送っていましたし、生活費の節約も兼ねてよく家族で近くの山に行って、野営をしながら食材を確保していましたから」
(二人とも、やたら逞しいな)
「そ、そうか……」
予想外の返事に呆気に取られているとクロエ嬢は腕を組みながら私に突っかかって来た。
「ヘンリー殿下こそ、大丈夫なんですの? 王太子殿下は王宮育ちなんですから、野営なんて出来ないのではなくて? おほほほ」
(こ、コイツ……! さては、追い返そうとした事を根に持っているな)
思わずカチンと来たが、務めて冷静に返事をした。
「クロエ嬢、私を侮らないでくれ。王族と言えど、私は男だ。野営や魔獣討伐の経験くらいはして来ている」
「あら、そうでしたの? 失礼、私はてっきりお坊ちゃん教育だけなのかと思っておりましたわ。おほほほ!」
(くっ……! いや、ここで感情的になってはいけない。落ち着け)
クロエ嬢は高笑いをしながらずいっと私の前へやって来た。
そして、私の耳元まで顔を近付けると、ドスの効いた声で囁いた。
「私の大事なお姉様を危機に晒したのですから、命張って戦いなさいよ。もし、逃げ出したりでもしたら、闇討ちにしてやるから覚えておきなさい」
「……っ!?」
クロエ嬢は顔を離し、にっこり笑うと「お話はそれだけでしょうか? それなら二人とも問題ありませんから、どうぞお気遣いなく。ではまた明日、ごきげんよう」と優雅に挨拶をし、マリア嬢とその場を去って行った。
(生徒会メンバーの中で、クロエ嬢が一番敵に回したくない奴かも知れんな)
思わぬ強敵の存在にげんなりしながら、私はその場を後にした。