レッツ・スキッピング!
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うおー、すげえっ!
見たか? 見たよな? つぶらや。あれ、水切りショットって奴だろ? ギリギリでウォーターハザードってところが、ぱしゃんとひとつ跳ねて、ボールがグリーンに乗っかるなんて……。
しかも、かなり高いところから落ちて跳ねたってことは、とんでもないスピンがかかってたってわけだろ? いやー、トーナメントのテレビ中継でこんなシーンが見られるとはな。
そういえばつぶらやは、水切りってやったことあるか? 石を投げて、ぱしゃんぱしゃん跳ねさせていく遊びさ。
――ま、一度はやったことがあるよな。
俺も一時期はまっていたんだが、もうやろうって気にならねえな。大人になったってのもあるけど、ちょーっと、子供のころ注意されたことがあってさ。
――その話を聞いてみたい?
ああ、お前ならそういうよな。よっし、じゃあ話をするか。
俺たちが水切りにはまったのは、小学生の時だったな。
近所に住むお兄さんが石を投げて、きれいに水切りする姿を見せてもらってからだ。ざっと10段は水面を跳ねたかな。まさに滑っていくかのような石の運びに、スタイリッシュを感じたんだ。俺たちはその後に続くべく、放課後になると近所の河原に行って石を投げることをよくやった。
石による水切りは、コツがいくつか存在する。俺なりに独学で学び取ったのは、さっきも話したように、スピンをいかにかけられるかという点だ。
持ち方、石の選び方とか、凝り始めたらキリがないだろう。その中でも俺はひたすらに、回転を強化する方向で臨んだんだ。指先だけじゃなく、腕で、全身で、横殴りに石を投げつけるスタイル。
ただ、初期はとても効率が悪かった。水を切っていくのはせいぜい3回がいいとこで、それ以上はうまくいかない。何が悪いのかわかっていない俺は、ひたすら力の入れ方を気にかけていたんだ。
そんなある日の放課後。
冬場を迎えたこともあって、同じ時間帯でも夏より空が薄暗くなっている。そんなことお構いなしに、俺は対して進歩しない水切りを今日も続けていたが、背中から声を掛けられる。
見ると、背広姿の担任の先生で、びくっとしたね。顔を見て思い出したけど、数日前に不審者が出たとかで、先生が通学路近辺を見張るようになったんだった。
「なにやってたんだ?」と先生。怒られる、とは思ったけど、ここは正直に話した方がよさそうだ。俺は水切りの練習をしていたと答える。
「ここでか?」
先生は俺の顔から川面へ、さっと視線を移す。街灯がつき始める直前、浮かぶのはおよそ輪郭程度となった中州をしばし見つめると、先生はかがみこみ、ゆっくりと石を手に取った。
「だったら、先生が手本見せたる。これでも水切り大会じゃ、指折りの腕前なんでな」
このときの俺は、国際規模で水切りの大会が行われていることを知らない。おおかた、先生が仲間うちで勝手につけたもんだろう。どれほどなもんか。
そうタカをくくっていた俺だけど、すぐさま認識を改めることになる。
ぐっと背中へ腕を振りかぶった先生だけど、振り出すときにはもうかがみ込む一歩手前まで腰を落として投げている。石はというと、最初は「ぴょーん、ぴょーん」と音が出そうなくらい長い間隔で距離を稼いでいたが、そこからは数えることがおっくうになるほど、小刻みに跳ねていく。
ボートが全速力で水面をかいていくかのようだった。ひたすら尾っぽから水しぶきを上げ続け、ついには20メートル近い先にある中州まで、届かせてしまったんだ。目で確認できただけでも、50段はくだらないバウンドだったと思う。
「ふむっ」と腰を上げた先生の後ろで、俺は小さく拍手する。近所の兄さんが目じゃないほど、見事な水切りだった。
だが先生は、まだこちらを振り返らない。渡っていった石と川を交互ににらんで、ようやくこちらを見た。
「この場所……いや、できるならこの川で水切りはやらない方が良さそうだぞ。どうも、嫌な感じがする」
ほとんど勘だけどな、と先生は付け足し、暗いから途中まで送ってやろうと申し出てくる。
送りには甘えさせてもらったけれど、あの兄さんに水切りを実演させてもらったのもこの川だ。同じロケーションで兄さんを超えたいって気持ちが強かったよ。
だから今度は学校を出るのをもっと早く。そして先生が来るよりも早く、撤収してしまおうと考えたんだ。帰りのホームルームが終わると、ランドセルをひっつかんで飛び出すようになる俺。
周りの連中がいぶかしげに見てくるのも、気には留めなかった。あの日の先生のフォームを頭の中から何度も引きずり出し、焼き付ける。そしたら即座に実践だ。
つるべ落としに落ちてくる冬の日。俺は先生が投げる直前のフォームに近づくべく、ひざをついて石を投げるようにしていた。スタイリッシュとは程遠い格好だが、こちらの方が石はよく跳ねた。7段以上は記録したかな?
確実に伸びる記録に気をよくする俺だったけど、中州渡りまでには程遠い。
俺の目標はもう兄さんから先生に映りつつあった。あの次元にたどり着きたいと、いくつもの石を放り、そしてかなわず川に沈めていった。
――もう一個、もう一本……。
そう思い始めると、もう中毒だった。その日はどれほど石を投げたか、覚えていなかったよ。ただここ数日、川の水が少し変わってきているのは、かろうじて認識していた。
青とか黒じゃなく、緑色。川底の水草が表に出てきたかのように感じたんだ。
そして投じた一石。あの日の先生そっくりの軌道で、初めは長く、途中から短く、石が何度も川の表面を跳ね始めたんだ。
いける! と思ったね。まさに会心の出来だったんだ。そこまでは。
中州まであと3分の1。まだ勢いがあったはずの石が、急にとぷんと水中へ沈んだ。
無理やり引っ張りこまれた、と察したときにはもう、両足のすねにひんやりとした感覚がまとわりついている。
湿った水草だ。それが川の中からツタのように伸びて、半ズボンゆえに無防備なすねにすっかり絡みついていた。
ぐっ、と引っ張られる。思わぬ強さと、両足をいっぺんに取られた驚きで、とっさに受け身が取れない。河原の石たちの上へ、したたかに後頭部を打ち付けた。
――痛えっ……!
ほんのり頭に温かいものが伝った気がしたが、それもわずかな間。
すぐに水が襲ってきた。足元から頭にかけて。鼻や口から吐き出す息は、いまやあぶくとなって目の前にその姿をさらしている。
川の中は思ったより汚いのか、足を引っ張っている水草のツタの先はよく見えない。けれども頬を殴りつけるかのような強い流れを感じる。
きっとすでに川の中ほどまで来ているんだ。幸い、泳ぐことはできるけど、まずはこの戒めをどうにかしないと……。
思い切って水面に浮かぼうと腕をかいた。不意を打たれたのか、抵抗は想像以上に弱く、かろうじて顔を出すことができたが、「がぼり」と音を立てて、また水の中へ。
せめて何かつかめないかと手を伸ばすも、つかみがいのないゴミが通り過ぎていくばかり。そして今度は力が強まって、浮かぶことがままならない。
鼻がつんと痛くなり、咳がこみ上げてくるが耐える。これ以上息を吐いたら、確実にもたない。
うおっと、頭の中だけで叫んで、二度目の浮上。今度は水面に顔を出さない。それよりわずかに下のところで、クロールの構え。上じゃなく横の力で草を引きはがそうとしたんだ。
姿勢を水平に。一度ドルフィンキックで足をそろえると、思い切り腕をかく。
ばしゃっと、足元のあたりで水が跳ねた音がすると、足の拘束が一気になくなった。そして足に当たってきた感触は、小石のもの。
誰かの援護射撃があったんだ。これ幸いと、クロールから平泳ぎに切り替え。邪魔なシャツも脱ぎ捨てて、蛙のようなフォームで、どうにか元の岸へ戻れたんだ。もっとも何メートルも下流に流されていたけど。
「だから、ここで練習するなって言っただろ」
駆け寄ってきてくれたのは、あの先生だ。きっと助けてくれた石の主もそうだろう。
先生は俺があわただしく帰るのを何度も見て、もしやと思って仕事を早くに抜けてきたらしい。そしてここへ来てみれば危機一髪だったと。
俺は先生に連れられて、今度は送りどころか、代えの服の用意までしてもらった。本当に頭が上がらなかったさ。
人にとって気持ちのいい水切りも、あの川にとっては、そうじゃなかったってことなんだろう。