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異世界と泉と少年と

作者: 谷沢 京

 道を歩いていたら突然目の前にマンモスのような生き物が現れて、ぶつかってしてしまった。


 訳がわからないって?うん、私も訳がわからない。


 仕事帰りに駅へと歩いていたら、ふと眩暈がした後突然視界が変わり、茶色のモジャモジャとした大きな柱の様な物が目と鼻の先に現れたのだから。


回避できずにぶつかって、なんだこれ?と見上げてみたら大きな牙を持ったマンモスもどきの毛むくじゃらの動物だった。


 混乱しつつ、とりあえずこのままここにいては踏み潰されると思い、私はソロリソロリとその場から逃げた。

のんびり草を食んでいる所を見るに、幸い草食動物みたい。私に興味がないようなので、ある程度離れた所で取り敢えず安全だろうと周りを見渡す。此処は森の中のひらけた草原の様で、周りは見渡す限りの森。


……え、さっきまで私仕事が終わってアスファルトの道を帰宅途中だったんだけど?


 森の中を恐る恐る探索していると、後ろからガサリと物音がなる 。ビクリとして後ろを振り向くと、遠くの茂みの隙間から牙の短いサーベルタイガーのような生き物と目があった。


あ、こんにちは。


ギラギラした目で見てくる双眸。はははっ、つまり私って獲物ですね。

…ってヤバイよ!?

 ジリジリと後ずさり、回れ右をして一気に走り出す。無我夢中で森の中を走り、あちこち怪我をしつつも逃げていく。しかし、息があがり、サーベルタイガー擬きとの差はどんどん縮まっていく。すぐ後ろに気配を感じ、もう駄目かと思った時、突然森がひらけ、目の前に水面が広がった。思わず飛び込むというか、勢いのままバッシャーンと盛大に水に落ちてしまった。

びっくりして水を飲んでしまったが、私が落ちた所の水深はあまり深くないようで、何とか溺れずに顔を出す。

 私が逃げて来た方を振り向いて見てみると、サーベルタイガーもどきは物欲しそうにこちらを見てくるも、水の中には入ってこれない様で、岸辺でしばらくウロウロした後、去って行った。


 私が落ちた泉の水、それは何故か傷を癒し、それと同時に凶暴な動物が触れられない様子だった。


 湖の中には小さな小島があり、私は取り敢えずそこにたどり着き落ち着く。水から上がると外気に体温を奪われて寒くなってきた。水温は決して温かいわけではないけれどなぜか浸かっていると一向に体は冷えない。

とりあえずここならば安心して過ごせる、と思い湖にとどまっていると疲れから段々と眠くなりダメだと思いながらも眠り込んでしまった。

 はたと気がつくといつの間にか私は完全に水中に沈んでいた。

 息ができない!とパニックになり水中でもがく。しかし、いつまでたっても苦しくならない。


あれ…おかしい。


 不思議に思い、自分の体を上からペタペタと触っていく。すると腰の辺りから触り心地が明らかにおかしい……なんだかツルリとした感触がある。

 恐る恐る目を向けてみると、私の足があった場所には在るべきものがなく、代わりに透き通る様な青色の鱗が視界に飛び込んでくる。鱗に変わった先を辿っていくとユラユラと水に揺れる尾びれ。

 私の腰から下は綺麗な魚の身体になっていた。まるで人魚の様に。

 その事に驚き呆然として、しかしどうしようもなく数日間そのまま水に漂っていると、食事も必要なくなっている事にふと気がついた。

水中にいるのに、差し込んでくる日光が何故かポカポカと暖かく、全くお腹が減らないのだ。


 周りには猛獣のいる森、自分は光合成(?)できて足がヒレになるビックリ人間になってしまい帰れそうにもないので、そこでゆったり生活することにした。



 最初は此処は何処であるのか、何故人魚の様になったのか、といったことを悩むことも多かったが、穏やかな湖の中で陽の光を浴び、時に雨のシャワーを浴びて生活していくうち、仙人のような気分になってきた。

霞を食べているわけではないが、同じ様なものなんじゃないかと思う。


 そうして過ごし、どれだけ時間が経ったのかわからない頃のこと。

 いつものように湖の岸辺の傍を漂うように泳いでいた。


 ふと茂みをかき分ける音がした様な気がして岸辺に目を向けてみると、ボロボロの赤黒い小さな布のようなものが岸辺傍の地面に見えた。

んー?何だろう?と思い、さらに近づいてみると、ボロ切れに見えたのは、血塗れになる程の大怪我をした少年だった。

服もズタボロになっていたから、そう見えたみたい。少年の傍らには剣が落ちている。

 ぐったりと横たわっているその少年は弱々しい息で青い顔をしており、明らかに大きく血を失っている。


 すぐに出血を止めなければ、と思わず湖に連れ込んだ。背後から脇の下へ手を通し、顔が水に浸かってしまわない様に注意しながらゆったりと泳ぐ。初めは自分と少年の周りの水に随分と血液が溶けていったが、思った通り出血はすぐに止まり、徐々に傷が塞がっていく。

 それと同時に表情も穏やかになっていく。


 小島にたどり着き、岸に少年の上半身を持ち上げて仰向けに寝かせて一息つく。ここならば獣達は手出し出来ない。

落ち着いた所で少年を改めて見てみると、顔も髪も血や泥にまみれている。なんだかかわいそうなので、湖の水を含ませた布で顔を拭って、髪もよくすすいでやる。

 そうすると赤黒く見えていた髪は金髪になり、顔立ちもひどく整っていることがわかった。目を瞑っている状態なのに、「美しい」という言葉がよく似合う少年が出てきた。



 どうしよ、美少年を拾ってしまったんだけど。



 うーん、と考えてながらも、泉の岸のすぐ傍の木になっている食べられる果実をいくつかもいでくる。少年が目が覚めたらお腹が減ってるんじゃないかと思うからね。

 口寂しいからって食べらるもの探しててよかったー。


 果物を取ってきたが、その日少年は目覚めなかった。傷は治ったが、血は失ってるはず……大丈夫だろうか?でも、傷が治った時に顔色も少し良くなったし…などと思いつつ、傍で少年を見守っているうちに私もウトウト眠っていた。


 いつのまにか朝になっており、微睡む私の耳に小さな声が聞こえた。

「女神様…?」


 目を開けると、少年が起き上がり、私を見下ろしていた。


慌てて体を起こす。


「もうダメかってぐらい怪我してたはずなんだけど、どこも痛くないんだ。女神様が傷を治してくれたの?」


キラキラした緑の目で見てくる少年。


子供の期待の篭った眼差しに対し、罪悪感に囚われながらも、私は女神ではなく、傷を治したのはこの泉の力だということ、自分は気が付いたら違う場所からこの地に来て湖に辿り着き、ここで過ごすうちにこのような体になっていたのだと告げる。特に何ができる訳でも無いと。

そして、ここで初めて出会った少年が怪我をしていた様子なので、泉の水の力で治るのではと思い、不確かではあるが、試してみたのだということを。


正直、傷だらけの体を泉につけるのは余計に体力を消耗するだけになるかもしれず、少年を泉に引きずり込んでから、後悔したのだ。結果的には傷が治ってくれたけれど…


しかし、少年は話を聞いて嬉しそうに言う。

「他の誰にもまだ会ったことがないの?じゃあ僕が貴女を初めに見つけたんだ!僕の女神様だ!」



その様子にズキュンと心臓を貫かれ、思わず「そうだね」と応えてしまったのは仕方ないと思う。

ショタコンじゃあないけど、美少年にそこまで言われちゃったら仕方ないでしょう?

勿論私に大層な能力など無いと説明したよ?それでも私を自分の女神と言うんだから。


少年はカイン、名乗った。

話しているうち、両親を亡くし生活する為に冒険者をしていること、この森に採集に来たこと、奥に入りすぎ、強い魔物に襲われてなんとか撃退したが、大怪我をしてしまったことなどがわかった。

傷を癒す泉があると伝説があり、そのまま死ぬよりかは、僅かにでも希望がある方にとここまでたどり着いたが、あと一歩のところで力尽きてしまったのだとか。


生きる為に精一杯頑張っている彼に何か何か女神らしいことしてあげるべきだろうか、と純粋に思う。

うーん、と考えたわたしは思いついた。

カインと向かい合い、精一杯の優しげな表情をしながら、彼の前髪を優しくかき分ける。


「私にできることはないけど、カイン、貴方をずっと思って見守っていてあげるよ」


彼の額にひとつ口付けを落とす。


すると彼の体全体がフワッと光った。


「わっ!何だろう?」


「うん……何だか、なんとなく体が軽くなった気がする!」


驚く私をよそに、カインは嬉しそうな様子で此方を見ながら返事をする。うんうん、子供は笑顔でいるのが1番だね!


しかし、まさか本当に加護っぽいものを与えてしまうとは。




そんなこんなあったが、回復した少年はしばらく湖に滞在した後、名残惜しそうに湖を後にして帰っていった。


 その後、彼がちょくちょく訓練がてらここに来る様になり、それによりメキメキと実力をつけていくことや、傭兵団の長となってしまったり、私がその守護神的なものになってしまったりするのはまた別のお話。


読んでいただきありがとうございました。

誤字脱字などありましたら御報告いただければ幸いです。

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