第6話 梨原深冬
町のショッピングセンターで梨原深冬と出会い、結衣のことを『昔ほど怖く感じなかった』と言われてしまう。
昔ほど――――という言葉がどうしても頭に引っかかるけれど、それにしたってあの試合で結衣が輝けなかったのは、戦術で徹底的に潰しにかかられた結果でもある。
俺は梨原に反論した。
「確かにオルフェスにはやられた。でも、お前たち以外のチーム相手では、文字通り無双してたんだ。小学生の頃に比べればポジションを下げたのに、だぞ。あれでも昔ほどじゃないって言うのか?」
「私が直接戦ったわけじゃないしぃー。ま、昔の瀬崎さんはそれほどとんでもなかったのよ。……うん。完全に対戦相手を下に見てて、嘲笑うように翻弄して裏をかくプレー。あんたはブラジル人か! って言ってやりたかったわ。あんなに相手を馬鹿にする選手、見たことないし。それでついた異名が『紺碧の狐』ってわけ」
黒に黒を重ねたような髪は日光を受けると青く光り、汗に濡れると更に深く艶のある青へと染まる。
俺は猫みたいな奴だと思っているけれど、まあ猫と狐って似てるし。確か狐は、イヌ科だけど。
「言っておくけどー、狐って見た目のことじゃないからねー?」
「違うのか?」
「そりゃちょっと狐目だけどさ。さすがに容姿だけでそんな風に呼んでたら、漏れなく指導者に怒られるって話よ」
まあ、失礼極まりないわな。
「狐って化けるでしょ? もーわかった?」
「あー、なるほど」
対戦していると化かされた気分になる――ってことか。
あんたはブラジル人か! とさっき梨原が言ったように、ブラジル出身のテクニックに優れた選手には、そういうタイプの選手が多い。
変幻自在のボールコントロールと卓越したテクニックで相手を翻弄する。特にフェイントに秀でた選手にやられると、狐に化かされた気分になる。
でもそれ、俺の印象じゃどちらかと言えば、チサに当てはまるんだよな。
常識にとらわれない、自由で奇想天外な発想なんかは特に――。
「って、その言い方だと――――えっと、梨原も」
「年下なんだから深冬かみふたんでいいってば」
「じゃあ、みふたんって呼ぶぞ」
「…………ねえ、ひょっとして、レポロじゃ冗談を真に受けるのが……流行ってる?」
「自分で深冬かみふたんって言ったんだろうが。不満なら深冬って呼ぶぞ」
負かされた憎々しさも込めて、心の中ではみふたんと呼びたいところだけど。
「ま、どっちでもいーけどー。……で、その言いかただと――なに?」
「深冬も以前は選手だった――ってことか」
さっきの発言は、実際に選手として対戦した視点に立っていた。
だから確認したかったのだが、梨原深冬は眉根を寄せて口をとがらせ、不満をあらわにする。
「いちおー今も選手なんですけどぉー。実力的に出られなくても、登録だけはしてありますぅー」
棒のように伸ばした語尾には、ふて腐れ感が滲んでいる。
実力的に――とわざわざ付け足されてしまうと、どう返して良いのか困るな。
「オルフェスって、何人いたっけ」
「私を含めてー、十五人」
登録上限は十八人だったか。
レポロの十二人というカツカツの選手層に比べたら厚いけれど、上限にはまだ届いていない。
普通は、チームの人数が上限を超えていて、そこからメンバーを登録可能な人数まで絞っていくのだけれど……。これも、女子チームの難しさだな。
「それなら試合に出るチャンスもあるんじゃないか」
俺が深く考えずに発した言葉とは対照的に、彼女は水底に潜ったような深く暗い溜め息を吐いた。
「はぁぁぁ…………。これだから『持ってる人』は。持たざる人の気持ちがわからないから、実力で上回ってるのにコロッと負けるってこと、全然理解してないんですねー」
「ぅぐ……」
「あれ? その反応だと一応気付いてる? へー。そっかそっかーっ」
深冬がニタニタと口角の端をつり上げて、俺の顔をのぞき込んでくる。
くそ。心底楽しそうに笑いやがって――。
反応で内心を読まれて、これじゃ敗因を理解して対策を打つ気だと明かしてしまったようなものだ。
まさか『実力的に』というワードを放り込んできたところからすでに探りを入れられてたのか?
ただの日常会話か、ひょっとしたら本音の吐露かと思ってしまって油断した。迂闊だった。
「その感じだと、結衣のことを低く評価してるのも本当だかわからんな」
「それは本当だけどねー。むしろそれを伝えることで瀬崎さんが熱くなってくれたほうが、プレーが強引になってより助かるかなぁー……みたいな?」
強引……か。
そういやさっきは嘲笑うとか、からかうとか、そんなことを言っていたな。今の結衣の印象からはちょっと遠いけれど、映像で見た二年前の印象とはそれなりに近しいのも事実。
「ま、下手くそでなんの取り柄もない私が出てチームが負けるより、私が出なくてチームが勝つほうが優先ってことよ。おわかり?」
「――――――それ、本音か?」
「もちろん」
なら、気に入らないな。
「お前は『自分が下手だから』、監督役をやっているのか?」
声を座らせて問うと、梨原深冬はシンと張り詰めた表情を見せて、眉をひくりと動かした。更に二の句で「寂しい奴だ」と続けると、力強い瞳で下からキッと睨んでくる。
「チームメイトは昔からの仲間だから! 私はみんなが喜ぶために、必要な役割を買って出てるだけ!!」
普段は棒読み調の言葉が、突然、起伏に富んだ。……図星か。残念だ。
――納得はできる。
彼女の判断はチームを勝たせるためには、正しいのだろう。実際、それで全勝しているわけだ。
でも、気に入らない。
「俺が選手なら、自分が戦力にならずにチームが勝ったところで、純粋に喜ぶなんてできないな」
「心が狭いだけでしょ」
「もちろん勝利は大切だし、独りよがりなプレーでチームワークを乱すようなことはあっちゃならない。でも仲間が喜ぶ姿を指をくわえて見ている選手は、下手だから試合に出られないんじゃない。――試合に出る気が無い臆病者。ただそれだけだ」
こういう言葉も『持っている人』の言葉で一蹴されるのだろうか。
才能も含めて、そういう言葉は諦めるのに便利だし、俺だって身体的長所の足りなさをそうして嘆くことはある。誰だって持って生まれた力の違いを、羨んだり欲しがったりすることはあるだろう。
――だからこそ嫌いなんだ。
それを口にすると諦めてしまいそうになって、怖くなる。
だが……、口にしながらなお、諦めない選手がいる。
実力で劣っていることを理解しながら同じ舞台に立って、アホみたいな長さの階段ダッシュなんてスポ根漫画を地で行く選手がレポロにはいる。
じゃあ、こいつはどうなんだ――?
正直、俺はこいつのことをちょっと尊敬していた。
中学生が監督役なんて、普通は務まらない。
それをしっかりこなしてチームを全勝させたのだから、『よほど好きで監督役をやっているのだろう』と、勝手に思い込んだわけだ。
でもフィールドから逃げて監督をやっているのなら…………。
反応を伺っても、苛立った表情を見せるだけで、言葉は返してこない。
「考えが合わないみたいだな」
こちらから言葉を紡ぐと、彼女は少し間を置いて目を閉じた。次いでまた間を置いて、ゆっくり目を開けると、瞳孔が閉じて青みがかった冷たい氷のような瞳で、俺を見てくる。
「どっちが正しいか、もう一度叩きのめして教えてあげる」
切り裂くような調子で言い終えると、踵を返して去って行った。
――今度の試合で、負けられない理由が増えてしまったな。
まず準決勝。
そこから決勝へ辿り着いて、初めての大会参加で初めての優勝を決める。
それも選手の力を引き出して勝つ。
思うほど簡単なことじゃないだろうが、目指す意義は大きいはずだ。




