第5話 町でエンカウント
五月のゴールデンウィークというのは、サッカー少年・少女にとっては『連休』と言うよりも『連戦』の印象が強いかもしれない。
少なくとも俺には、五月の連休を連休として休んだり楽しんだりした覚えが一つもない。
学校が休み → サッカーができる → よっしゃぁぁぁっ!! って、幸せな脳だよ、ほんと。
ただ、U15ガールズの選手たちが全てそうだというわけでも、ないだろう。えー、またサッカー? となったっておかしくない。
そもそも三日連続で試合をしたのだから、相応に疲労を抜く必要がある。
ゴールデンウィークを三日潰したどころか、予選リーグで勝ち進んだチームは次の土日まで大会が続くんだ。
だから大会の予定が入った時点で、連休後最初の練習日は、休みと決まっていた。
火曜、木曜、土曜、日曜が練習日なわけだが、今年はゴールデンウィークの振り替え休日が月曜と火曜に回ってきていたから、火曜は練習の予定を入れずに、学校も含めて丸一日休みとしてもらった。
明けた水曜は元々練習日ではないから休み。木曜からようやく練習再開だ。
…………ただ。
土曜から試合ということは、それまでの練習日がこの木曜日、たった一日しかないってわけで。
正直に言って、すんげー不安。不安ヤバい。マジヤバい。超怖い。
まあ、そういう日程だから川舞学園中等部や結衣たちの通う中学校への派遣を、こなすことができたわけだけれど。
でも俺には、まだ一つ、やり残していることがあった。
「あの――」
自転車を漕いで、地域にある小振りなショッピングモールへ足を向けた。
この商業施設はかなり大きく展開していて、大きさによって後ろに付く名称がタウンとマートで分かれる。タウンは大きいもので映画館を併設するようなものを指し、マートはまあ、一般的なスーパー程度の大きさだ。
ただ、この中途半端な田舎の市に建てるに当たって
『タウンと付ければ最小のタウンになる』
『マートと付ければ最大のマートになる』
という、「結局中途半端な大きさじゃねえか」としか言いようのない状況になってしまい、『最小のタウン』を選んだらしい。
正直どっちでもいい。無人島の天気ぐらいどうでもいい。
しかしそんな商業施設は、この地域で重要な役割を果たしている。
なにせ商店街はとっくの昔にシャッターを閉じてしまって、今では呼吸を止めたかのように佇んでいるだけだ。買い物をする場所が少なすぎる。
駐輪場に自転車を止めて店内へ入り、マップを見て売り場を確かめようとした。
「んー…………どこ? レジャー用品か日用雑貨か……」
ザックリとしたマップではいまいち売り場を把握しきれずに、一人言を呟き、結局インフォメーションセンターの店員さんへ訊ねる。
「水筒って、どこで売ってますか?」
すると笑顔で「少々お待ちください」と言われ、別の、恐らくはその売り場に詳しいのであろう店員さんを呼んでくれた。
最初に声をかけたのは親世代ぐらいの女性で、かなり礼儀正しい対応をしてもらえた。
けれど呼ばれた男性店員さんは、かはりフランクな印象だ。
「どんな水筒をお探しで?」
「炭酸に対応してる水筒なんですけど……」
答えると男性店員さんは「あー、炭酸対応の水筒って少ないんだよねえ。うちにはあんまり……」なんて店の品揃えの悪さを堂々と暴露しながら、前を歩いて案内してくれる。
「この辺の、これとこれ。二つだけしかないんだけど、大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
二つか……。できれば、もう少し多い中から選びたかったな。
「ここに無かったらネットで注文してもいいと思うよ。そっちのほうが色々あって、値段も安いだろうし」
売り場の人間がそんなことを言って大丈夫なのだろうか。田舎ほどアマゾン最強なのは、確かだけど。
ひたすら客目線で親切なのか、それとも単に売る気が無いのか――。発言の意図がよくわからない男性店員さんは、そのまま踵を返して去ってしまった。
水筒なんて手どころか口で触れるものだ。だからこそ、実物を確認しておきたかったわけで。それでわざわざ足を運んだのに、ネットで買えばいいと言われても、困ってしまう。
「二種類、ねえ……」
商品が置かれていた場所は、水筒や弁当箱が並んだ棚の左下。ハッキリ言えば一番目立たない、暗い角のところ。
置かれかた一つでニッチな商品であることがヒシヒシ伝わってくる。
角のほうってことは、ポジションで言えばサイドバックか? 超重要じゃねえか。失礼なこと考えちゃいけないな。
「へぇ、細長いのもあるんだな。これならチサの手でも持ちやすそうだ」
チサの手は小柄な体躯に比べても、殊更に小さい。
ということは、もしかしたら足も小さいのかもしれないな。足は大きいよりも小さいほうが細かくボールを扱いやすいと聞いたことがある。
大柄でもボールの扱いが上手い選手は、体躯に比べて足が小さい選手が多いのだとか。これも才能の一種かも知れない。
「――それ、サイクリング用のボトルだけど」
「ぅえっ!?」
一人で買い物に出かけたはずなのに急に横から言葉を挟まれたものだから、オーバーアクション気味に驚いてしまった。
大した高さのない棚だけで仕切られた空間に自分の声が大きく響き渡って、心底恥ずかしい。
「そこまで驚かれる覚えがないんだけどーっ。――――ま、いーけど。ただそれ、ロードバイクに装着して、走りながら取って飲めるようにできてるやつだけどねー」
親切に炭酸対応ボトルの説明をしてくれたのは、梨原|深冬《みふゆ。
通称、みふたん。
……冗談を真に受けたソフィが呼んでるだけだけど。
こいつには痛い目に遭わされているからなぁ。その上、目下仕返しの算段を立てている真っ最中だ。
突然こんなところで遭遇したら、そりゃ驚く。
「こっちの太いほうが一般用。――炭酸が好きなの? 炭酸好きな天才プレーヤーなんて、サッカー界最強の死亡フラグなんだけど」
「俺じゃねえよ。プレゼント用だ」
「へぇー。えっ? もしかして彼女に?」
なんで意外そうなんだよ……。第一、
「彼女作る暇があったら練習するっての。サッカーバカなめんな」
「…………………………へーーーー」
「ごめん、嘘ついた」
ごめんなさい。年下を相手に強がりました。
たっぷり練習しても許してくれる彼女が理想です。絶賛募集中。募集して集まるなら苦労しないっての。
「じゃあ誰に?」
「――うちに、寺本千智って選手がいてな」
この場合の『うち』は『家』にルビを振っているのだが、妙な勘違いをされたくないし、込み入った事情を敵に打ち明ける必要もない。
「10番の一年生よね。結局、炭酸好きな天才じゃん」
天才、ね。
「敵から見ても天才だと思うのか」
「そりゃーね。あれだけ上手けりゃサッカーやってて楽しいだろうなぁ――って。羨望や嫉妬、同じグラウンドで戦う人間なら誰だってそういう感情を抱くでしょ。実際、今度も一番難しいのはあの子を抑えることだろうし。まー、そこさえどうにかなれば、うちの勝ちなんだけどねー♪」
今度――。
大会は準決勝と決勝を残すのみ。
同じリーグで一度対戦しているFCレポロとFCオルフェスが再び対戦するならば、お互いに勝ち上がって優勝を争うか、お互いに負けて三位の座を争うか、どちらかになる。
準決勝をやる前から『三位をかけて戦いましょう』なんて話をするわけもなく、梨原深冬の頭には、すでに決勝で両者が戦う絵が色濃く描写されているのだろうと、察せた。
だがまるで、寺本千智さえ封じることができればなんとかなる――、みたいな言い草には反論したい。
「一番? うちにはもう一人、瀬崎っていう女王みたいな12番もいるんだが」
「あー。…………んん。まあ、うちらもそう思ってたんだけどー」
奥歯にものが詰まったような口ぶりだ。
そのまま黙ってしまったから、俺は視線を戻して炭酸対応水筒を再び選び始める。
二種類しかない内の一つはサイクリング用とは言え、チサの小さな手でも持ちやすそうなサイズ感なんだけど。……よく見ると容量が五百ミリリットルと書いてあって、全く足りない。
長時間の練習では、二リットル級の水筒を持ってくる選手もいるぐらいなんだ。
残るもう一種類は太さがあるものの、ボトル中央がくびれていて持ちやすさにも配慮されている。こっちのほうが無難だと思うのだけど、これはこれで色が黒しかない……。
チサのイメージは灼髪とも呼ばれる赤味がかった髪。もしくは苺色。
「いくらなんでも、女の子へのプレゼントで黒はないな……」
一人言を呟いたところで、黙っていた梨原深冬が再び、淀みのない調子で言葉を紡ぎ始めた。
「うちは、レポロが瀬崎さんのチームだと思って大会に臨んだのよ。レポロなんてこの地域じゃ超強豪だし。特に久瑠沢啓太、瀬崎結衣、寺本千智の三人は、同年代でサッカーをしていたら嫌でも耳に入ってくる名前。私だって瀬崎さんとは同い年で、実際に対戦経験も積んできたし。…………でもねー。うちの選手みんな、瀬崎さんに関しては『昔ほど怖く感じなかった』って、口を揃えちゃった」
――どうしたもんか。ここでも結衣の劣化説を聞くことになってしまった。




