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ハードモードに疲れた天才落第生、のんびりコーチで成り上がる。【連載版】U15ガールズ!  作者: 本山葵
地方大会編4 『オーバーアンドオーバー』
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第4話 変化

 初めて見る、小学六年生の瀬崎結衣。

 映像に映る姿は今より幼さが強い気がする。

 けれど、ただでさえギラリと光る猫みたいな目が集中すると厳しさまで乗るところとか、エルフ気味の耳とか、本気になるとどんどん青味を増す濡烏(ぬれがらす)の髪とか――。

 特徴的なところは、一つも変わらない。


 試合が始まると、さっき見た初戦とはレベルの違う試合が繰り広げられていく。さすが決勝戦。守備は岩のように堅く、攻撃は矢のように速い。

 このレベルで勝ち抜いて、ようやく全国大会へ辿り着く。

 俺の世代に結衣の世代、チサの世代――。こんな地方のクラブチームが、よく三回も行けたもんだ。


「七分頃に瀬崎さんがゴール決めますよ! あとは九分、後半の十二分です。アシストは後半一分ですね!」

「お、おぅ」


 記憶しすぎだろ……。毎晩見てる動画って、まさかこれじゃないだろうな。どうやって録画したんだ…………。

 ――いや、この場にチサの両親も来ているとしたら、チサにお願いされてカメラを回していた可能性はあるか。

 開始四分まで試合は膠着(こうちゃく)状態。結衣は徹底的にマークされている。このレベルとなれば、守備もしっかりと固められるチームじゃないと勝ち上がってはこれないわけで、ここまで相手チームは鉄壁の守備を見せている。

 しかしチサの記憶が確かなら、ここから一気に瓦解(がかい)するわけだ。


「――ん、これ、奏だよな? はーっ、今と全然変わらないな。そのまま小さくしたしたみたいだ」


 瀬崎結衣と一緒に、釘屋奏も試合に出ていた。

 八人制の中で男子選手六人、女子選手二人だ。

 常に守備へ(てっ)して、危険なシーンで相手の前に立ち塞がる姿は頼もしい。攻撃的な結衣との相性は抜群だろう。正に相棒である。


「………………あれ? そういや心乃美がいないな」


 身長も技術も身体能力の高さも十分に(そな)えた、本格派のディフェンダー。兄の贔屓目(ひいきめ)を抜きにしても、心乃美の存在は欠かせないと思うんだけれど。


「あの……それは多分」


「多分?」と問い返して、ふとこの試合が録画された日付を思い出した。


「ああ。母さんが亡くなったあとか……」


 家族の中で母親を失って一番辛かったのは、やはり、幼かった心乃美だろう。

 まだ小学生だった。とてもサッカーの試合に出られる心情ではなかったとしても、不思議じゃない。


「――てことは、この年代は心乃美抜きで全国行きを決めたのか」

「全国大会には、心乃美先輩も行きましたよ」

「チサは?」

「私はその……。直前で、落ちちゃいました。地方大会でも、負担の少ない試合限定だったので」


 まあ一つ下の年代なわけだし、その話をまとめると『心乃美が加わるために誰かが抜けなければならない』ことになる。

 辛いけれど、こればかりはどうしようもない。


「それがこの頃の私の実力ですし、もし選ばれていたとしても、お父さんが反対したと思います」


 この頃の――ね。

 さすが、オドオドとしていても根が自信家。無意識だろうけれど『今は違う』という確信が言葉に表れている。

 それも自惚(うぬぼ)れなんかではなく、実際に結衣と並んで同じレベルで戦っているのだから、恐れ入る。


「そろそろ七分だな」

「釘屋さんのパスを右足アウトサイドで受けてからドリブル開始です!」


 あ、これ絶対動画持ってるわ。


「――――おおっ!」


 小学六年生の瀬崎結衣は、キレッキレのドリブルで相手選手を連続で抜き去り、最後はキーパーが前に出てきたところへチョンと浮かせたループ気味のシュートを打って、静かにゴールネットを揺らした。

 ヤバい。このプレーは俺の好みすぎる。このJS(女子小学生)は超エロい。エッロエロだ。


「凄いですよね!!」

「ああ。さすが結衣だな!」


 しかし、思っていたよりは今と違う印象を受けない。

 小学生の頃はイケイケのドリブラーで、今はパスも上手くて強いシュートまで打てる万能型になった。それだけの違いと、あとは好不調の波の範囲内に収まるだろう。

 ――そうして安心しかけていたところ、だった。


「笑ってる……?」


 チサのように、花が咲くような笑顔というわけでは、ない。

 闘志を秘めた中で一つも気を緩めず、だが確実に、今の彼女からは想像もつかない表情で楽しそうに笑った。


「んーっ、この頃の瀬崎さん可愛すぎです! 今のクールで大人ビューティな瀬崎さんも素敵ですけど、この頃の瀬崎さんもたまらないですよね! ね!!」

「同意を求められても……。ほんと、チサにとって結衣は憧れって言うか――。アイドルみたいなもんか?」

「ですっ!! むしろそれ以上です!!」


 しかし大人ビューティって。

 結衣はまだ中学二年生。俺から見れば今だってまだまだ子供っぽい。視点が変わればこうも印象が違うものか。

 将来綺麗になりそうで現時点でも十分に可愛いことは、否定しないけれど。


「さて――。現時点では、今の結衣とそう大差ないな」

「いえいえ、めちゃくちゃ変わってますよ! 髪だって今のほうが長いですし、まつげもこう――」


 チサにもそろそろ説明するべきかな。

 結衣のことを一番よく見ているのは、他ならぬチサだろうし。


「ああ、見た目じゃなくて……だな」


 変わるの意味が違うと伝えようとする。しかし興奮したチサは、珍しく言葉を(さえぎ)った。


「この頃はドリブルでキーパーまでかわしちゃう前線の選手(フォワード)。今はボールをキープして試合を組み立てることもできる、攻撃的な中盤の選手(ミッドフィールダー)です!」

「え……」

「違うんですか?」


 ――――言われて、心臓が止まった。

 気がした、ではなく。本当に多分、一度、俺の心臓は停止したと思う。

 昔はドリブラーで今はボールキープする攻撃的中盤。それじゃ、まるで…………。


「あっ、そういえば啓太さんも昔は、ガンガン仕掛けるドリブラーだったんですよね? その頃の映像も見てみたいなあ」


 丁度、母さんが亡くなった直後だ。

 イギリスにもう一度向かう国際線の機内で、俺は自分が活躍する姿を届けられずに母さんの人生が終わってしまったことを、(ひど)く後悔していた。

 あまりにも若くして亡くなってしまった。

 仕方がない。

 ……そんなことは頭で理解していても、心が、受け付けない。

 他の乗客のことも自分の未来もどうでもよくなって、いっそこの機体ごと海に(しず)んでしまえないか――とすら、考えた。


 実際のところ、この頃にはもう、どうしようもない壁にぶち当たっていたんだ。


 技術だけに頼ったドリブルが通用しない。

 そもそもドリブルだけで通用するほど世界は甘くない。

 現実が身に染みても、純粋なドリブラーとしての自分がすでに終わっていることを…………。認められなかった。

 海に沈んでしまえたら――なんて考えた飛行機も無事に着陸し、その瞬間、プレースタイルを変えようと決意した。


 具体的には、今までより少しポジションを下げて、パスの優先順位を上げた。

 それまでは個人技で通用しないことが(くや)しくて固執(こしつ)していたのだけれど、それはもう全て忘れて、チームメイトと真っ向から対立するのではなく、チームメイトの力を利用して上へ行こうと決めたんだ。


 たった一年で今までのスタイルを変えて通用するほど、器用じゃない。

 でも徐々に仲間の信頼を得て、パスが足下へ集まるようになっていった。

 ――だが、まだまだ足りない。

 この調子でもっと頑張らないと、周りには追いつけない。秀でた選手になれず活躍もできなければ、日本に帰ることになる。

 …………そうして練習量を過剰に増やしてしまい、オーバートレーニング症候群の発症に至ってしまった。


「――なぁ。なんで結衣は、プレースタイルを変えたんだと思う?」

「それは……。ちょっと」


 チサが首を傾げながら困った顔をする。

 内心まではさすがにわからない、か。


「…………じゃあ、チサ。違う質問をさせてくれ」

「なんですか?」

「今の結衣は、この頃に比べて下手になっているのか?」


 真剣に問うと、チサは目を丸くして否定した。


「ええっ!? そんなわけないじゃないですか。だって、今でも一番上手いんですよ?」


 ……てっきり肯定(こうてい)されるものだと思い込んでいたから、当てが外れた気分になる。

 同時に、肺から暖かい息が()れて、ホッと緊張が(ゆる)んだ。


「じゃあ、不調だと思うか?」

「んー……。それは難しいです。ポジションもプレースタイルも変わっていますから。――でも、変えても私なんかより、ずっと上手いんです。下手になったとか調子が悪いとか、私にはとてもじゃないけど、思えません」


 ハッキリと断定する口振りだ。

 瀬崎結衣のことを一番観察している人間がそう言うのだから、信頼はおけるだろう。


 全ての可能性を捨ててはいけない――か。

 一人じゃどうしても悪い方向に考えてしまうから、チサに問いかけたのは正解だった。


「そっか。変なことを訊いてごめんな。――じゃ、全国大会で一番良かった試合はわかるか?」

「二回戦です! 相手は栃木のチームで、この試合はもうほんと瀬崎さん大活躍でですね――っ」


 それからもチサは、ずっと正座をして、いつもより少しだけ夜更かしをした。

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