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ハードモードに疲れた天才落第生、のんびりコーチで成り上がる。【連載版】U15ガールズ!  作者: 本山葵
地方大会編4 『オーバーアンドオーバー』
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第3話 過去の姿

 親父が帰宅したのは、午後十時を過ぎた頃だった。

 遅くなる理由が座談会と称した飲み会の場合もあるから、あまり遅くなりすぎるとチサだって寝ているわけだけれど。

 今日は(れっき)とした残業であり、帰宅時間もだいたい目安がついているから――と、二人で帰宅を待った。

 車のドアが閉まる音を聞いて、とたとたと玄関まで歩くチサの後ろ姿を見送る。しばらくすると、チサと親父がリビングへやってきた。


「啓太。この中に二年前のU12チーム、最後の地方大会から全国大会までの映像が入っている」


 渡されたのは一枚のSDカード。

 512GB(ギガバイト)って……。全試合を一枚に収めればこれぐらいになる――――か? よくわからない。こういうのはソフィの得意分野だ。


「瀬崎だけを撮ったわけじゃないが、チームの中心だったからな。十分にわかるはずだ」

「ありがと、親父」


 簡潔(かんけつ)に返した後、すぐに「瀬崎さんの映像ですか!?」とチサがテンションを上げた。

 ――心乃美に言われてからずっと考えていたけれど、一緒に住んでいる以上、チサに隠せる話でもない。

 ここは一緒に見て、視点を増やしたほうがより確実だ。

 親父からはすでに『可能性はある』と回答を得ている。併せて『慎重に見たほうがいい』とも。


 単純な不調。

 選手として壁に当たっている。

 自ら背負った十字架(背番号12)の重さ。


 早合点をして、そういった全ての可能性を捨ててはならない、ということのようだ。

 実際のところオーバートレーニング症候群の診断は、専門の医療機関での診察に加えて、かなり細かい検査が必要となる。

 俺たちにできるのは、疑いをどれほど強く持つかというまでだ。

 だが疑いを元に、練習に制限をかけることは可能である。単純に『疲れすぎだから休め』と伝えるだけでいい。


 納得させるには時間がかかるかもしれない。けれど、そこは俺とソフィが意地でも飲み込ませる。

 そうすれば症候群などという名前が付いて、治療に月日を要するようになる前の段階で…………。重症化だけは、止めることが叶う。


 幸いなことに、うちのテレビにはSDカードから映像を再生する機能があった。テレビの横側を探ると差し込み口があり、俺はそこに受け取ったばかりの親指大カードを差し込む。

 画面に【読み込み中】と表示された。地方大会から全国大会までの全映像、512GBも必要とするほどのデータがこの一枚に詰まっているのだから、読み込むには相応の時間がかかりそうだ。

 テレビの前には、こたつ兼用のリビングテーブル。

 その前で、正座しながらも足の指をそわそわさせて映像出力を待つ、チサ。


「……めっちゃ楽しそうだな」

「はいっ! だって、瀬崎さんの映像ですよ!?」


 この子にとって結衣はアイドルか何かだろうか。

 普段の氷属性っぽい言動と俺の中のキャピキャピしたアイドル像が、恐ろしいぐらい溶け合わないんだけど……。


「映像を見るのは久しぶりか?」

「いえ! 当然スマートフォンにたくさん入っているので、毎晩!」

「そ、そうか」


 当然なんだ。たくさん、毎晩……。

 とても同じフィールドで戦う仲間へ向けるものとは思えない熱量だ。


 ――まあ、憧れってのはそういうものか。

 俺だって好きな選手のプレー集をいくつも保存している。毎晩は見ないし、正座もしないけど。


「おっ、再生できるぞ」


 日付順にずらりと動画のファイル名と小さな画像が並んだ。

 とりあえず一番最初の、最も古い動画を再生してみた。ファイル名には『地方大会初戦』と記されている。


「あ、その試合には瀬崎さん、出ていませんよ」

「そうなのか?」


 (たず)ねた瞬間、テレビのスピーカーから歓声のようなものザワッと沸き立って聴こえた。

 地方大会のリーグ戦、最初の試合。

 無関係の純粋な観客などそういるはずもなく、選手の家族や他チームの選手が見ていた程度のことだろう。

 それでもザワついた音というのは独特で、俺の視線をチサからテレビ画面へ引き戻すには、十分だった。

 ――画面の中で、ひときわ体躯の小さな選手が、左足で器用にドリブルをして、するするぬるぬると相手選手の間を突破。

 そのまま弧を描くシュートを放って、華麗にゴールネットを揺らした。


「チサが出てたのか」


 話には聞いていたけれど、一年以上前のチサはとんでもなく小さい。今も小柄だけれど、この一年ほどで本当に急峻を立てて成長したのだと、一目見てわかる。


「私はこの試合と三試合目。あとは準々決勝の三つだけです。一日にリーグ戦を四試合やって、翌日が決勝トーナメント三試合だったので」


 そういや、俺の時もそうだった気がするな。

 改めて考えてみると無茶苦茶な日程だ。二日で七試合って……。全部本気でやってたら、壊れるぞ。


「結衣と一緒にプレーしたのか?」

「……私は、瀬崎さんのターンオーバー要員みたいな感じでしたから」

「あー……。なるほどなぁ」


 切ない話だ。

 同じ選手を試合に出し続ければ疲労が蓄積(ちくせき)してしまい、パフォーマンスが低下する。

 怪我の危険性も高くなる。

 だから『ターンオーバー』と言って、補欠選手を出すことでスタメン選手の披露回復(ひろうかいふく)を図ることになる。プロでも日程が厳しければ、よく使う手だ。


 ましてや小学生の試合というのは時間が短いこともあって、一日に複数試合というのが全く珍しくない。

 選手の出場機会を均等化することもできるし、ターンオーバーはむしろ推奨されてもいいぐらいの行為。

 瀬崎結衣(ユイ)に憧れて追いつこうとした寺本千智(チサ)は、利き足が違っても(にな)える役割が近似(きんじ)している。

 代役に打って付けである一方で、共存させて二人を同時に疲れさせる必要はなかったのだろう。


 憧れて似せようとしたあまり、同じピッチに立てないなんて……。


「――にしても、チサってこの頃からすっげえ上手いんだな。さっきのゴールなんて、三人抜いて余裕のないところからカーブかけたシュート……。普通、あそこは無理に打ってしまうだろ」


 俺が小学五年生の頃にあれをできたかと考えると、ちょっと厳しい気がする。

 強引に強い直線軌道のシュートを打って、入ればラッキー。もしキーパーが弾いてくれても、押し込むチャンスがある。そう考えただろう。

 一撃で確実に仕留める方向に考えて即座に実行できるというのは、率直に言って、感嘆(かんたん)するほかない。


「私は力がないので、こう、カーブをかけてちゃんと狙わないと、すぐキャッチされちゃうんです」

「そうか――。工夫してるんだな」


 技術は努力で引き出した才能ではあるけれど、それでも引き出そうと思って希望通りに出てくるものではない。

 そういう意味では、チサはある程度、恵まれていたかもしれない。技術面では見劣りしないレベルまで引き上げることができたのだから。


 けれど、体格では大きなハンデを抱えている。

 極端に小さな体躯で放つシュートは、例え芯を(とら)えていても威力では高がしれている。

 ならば威力ではなく、コースを狙う方向へ――と成長したわけだ。

 ハンデすら成長の糧に変える。

 この子は、どこまでも上手くなれるタイプだな。


「じゃあ、結衣ならどうしたと思う?」

「瀬崎さんならキーパーまで抜いちゃいますよ」


 マジか……。瀬崎さん半端ないな。今度握手してもらおう。

 んー。でもどこまでもドリブルで切り込んでいく印象は、現時点ではチサのほうに強くある。結衣は結構パスを出したがるし、シュートも女子にしては少し遠目から決めきれるタイプだから、無理にドリブルをする必要がない――ということだろうか。

 それとも。


「チサ。この地方大会で、結衣のベストな試合はどれだった?」

「決勝戦です!! ハットトリックしてます!!」


 力強い即答。これ、全試合完全に覚えてるわ、絶対。

 ベンチで試合を見ていたのだろうから、ある程度の記憶はしていると、期待をかけてみたのだけど……。それ以上だった。


「えー……。あ、これか」


 期待と不安を()()ぜにして、リモコンの再生ボタンを押す。

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