第6話 双子
ソフィが「みんな、お疲れ様! もっとサッカーがしたい人は、FCレポロに問い合わせてくださいね!」なんて言うと、疲れ果てた生徒達がドッと笑ってくれた。お約束のやりとりである。
ただ、単にお約束として笑ってくれたというわけでもなく、授業を通して彼女たちに明るさが出てきた。
俺が関わることで引き出せたのなら、この上なく嬉しいことだ。
役割を全うして充足した気持ちになっているところで、終業のベルが鳴って場が開かれる。
するとグラウンドを去って行く生徒の中から、「瀬崎さん、感じ悪いよね」「上手いのはわかるんだけど」「体育で本気出さなくてもいいのに」「自分の練習だと思ってるんだよ」――――なんて声が、聞こえてしまった。
こればかりは、俺が解決できる問題ではない。素人を相手に玄人が本気を出せば、スポーツだろうがゲームだろうがどんなジャンルだって、顰蹙を買う。
結衣ほど頭の回る選手がそんなシンプルな事実に気付けないなんてことは、無いと思うけれど。授業時間すら自分の練習にしてしまうなんて、あいつ、なんでそこまで……。
――――まあ、今はいい。授業時間というものは短く限られていて、充足感を得た俺にも達成できずに終わってしまった目的が、まだある。
去って行く生徒の中から倉並姉妹を見つけて、すぐに「七海、美波!」と呼びかけた。
「「なんですか?」」
音の階調は揃っているのだが、おっとりした七海はゆるふわな感じで、美波は食ってかかってくるようなエッジの尖った声。好対照なニュアンスだ。
「二人とも、なんで攻撃でボールに絡まなかった?」
結衣からボールを取り上げるような真似をして、周囲の生徒達へ渡す。
俺はフリーマンという名の調整弁だったわけで、折角だから二人にも機会を――と思ったのだが。
「一応、私たちも経験者なので……」
「あんなことでボールを渡されるなんて、舐められてるみたいじゃないですか!!」
七海、美波の順に抗弁を受ける。
「そんなこと言われても、じゃあ、どうやったらまともに参加してくれたんだよ」
今日の俺の仕事は、生徒全員にサッカーという競技を、さわりの部分だけでも触れて楽しんでもらうことだった。楽しいと思ってくれたほうが、理解は深まる。
その中には彼女たちも含まれていて、除外するわけにはいかない。
確かに競技としてサッカーをしている彼女たちは、既にさわりどころじゃない地点まで到達しているわけだけど、楽しいんでもらいたい気持ちに変わりはない。むしろ授業を楽しむという程度なら、経験者だからこそ、加減しながらできたはずだ。
「未経験者相手にボール持ってザックザク切り込めとは言わないけどさ。パス回しぐらいは参加してくれないと。――ああ、結衣はザックザクどころじゃなかったけど。ほら、あいつサッカーに関しちゃアホだから。『授業でサッカーなんて、練習機会が増えてラッキー♪』って感じだったもんな」
選手としては面白いけれど生徒としては……ねえ。俺も張り切っちゃうタイプだから、あんまり人のことばかり言えないんだけど。
それでも玄人が主役になるような真似はしてこなかったと、少なくとも俺自身の感覚では思っている。
「結衣さんは特別すぎるので。なんとなく許されちゃってるんですよね」
「ふんっ、授業も練習も全部、あいつのための生け贄ですよ」
同学年の生徒を敬称付けで呼ぶ七海と、ただ事じゃない言葉を使った美波。
「生け贄――って、どういう意味だ」
自然と眉根が寄ったことを感じながら、問う。
「そのままですよ。レポロのコーチ達だってわかってやってるんでしょ? この中から一人の天才を送り出すことができれば大成功。プロ選手を出したい。有名選手になってほしい。そのためには才能のないその他大勢を犠牲にしても構わない――って」
「待て、それは違うぞ! 俺たちは――。監督やコーチ、ソフィだって、全ての選手を平等に見ている!!」
強く反論した俺に正対して、美波はやれやれと手を広げた。
「全部、建前ですよね? だいたい、啓太さんはその中の『最高傑作』じゃないですか。もし違うって言うのなら、昔のチームメイトに訊いてみてくださいよ。自分が――――――、…………自分がとんでもなく無力に感じて、プレーなんてもうしたくないって、思ったことがないか。相手選手の狩り所にされて、泣きたくなったことがないか」
――――。
………………何も、言い返せなかった。
言い返せる立場じゃないのかもしれない。
確かに俺は、自分がボールを持てばチームが勝てると思っていたし、実際にそうやって結果も残した。自分中心のチームを作っていたのだろう。レポロに在籍していた当時の俺と今日の結衣は、そう変わらない。
「黙っちゃうんですか? じゃ、もういいですね?」
本当は肩を掴んででも美波を止めたかった。――でも、できない。彼女の姿に昔のチームメイトが何人も重なって映って、自分の手が酷く汚れたものに感じてしまった。
踵を返した美波は、そのまま去って行ってしまう。
…………彼女とは、相容れない関係なのだろうか。
そんな中で双子の姉、七海が場に残ってくれて、申し訳なさそうに「美波に悪気はないんです――」と前置きした。
「あんなことを言って、捻くれているように見えるかもしれないですけれど。……美波は人一倍、努力家なんです。多分、今はその反動で…………」
言葉に詰まった七海の顔を見ると、切なそうに俯いていて、怒りを含ませて喋る妹よりもずっと感情が表へ出ているように思えた。
「――好きなのに、頑張ってもどうにもならない、って……。そういうのって、凄く、悔しいじゃないですか。それならもう、いっそ、好きでなくなってしまえば…………って。時々そんな風に思ってしまうのは、仕方がないと思うんです」
その意見は俺よりもずっと大人のように感じられた。
努力の意味を白と黒で答えようとしていた自分の胸に、深く突き刺さる。
それでも、黙っているだけでは解決しない。少しでも会話を――と、言葉を口にする。
「…………片思いの恋愛みたいだな」
自分の口から出た言葉がこの場に適切だったのかは、わからない。
七海はまた切なそうに目を伏せて少しだけ時間の空白を作ると、そのまま、やはり切なそうに口を開いた。
「好きだけれど、好かれてないんですよ。神様に」
そんなことない……なんて、気安く言えるのだろうか。
「七海も同じように思ってる――ってことか」
「……そうかも、しれないですね。――あははっ、美波みたいに表現できるほうが、ずっと捻くれてないかもです。私が表現しない分まで全部やってくれる妹のほうが、ずっとずっと素直で……。私たち、双子なのに正反対の性格……だから」
「正反対……か」
でも美波の声と言葉を思い返して姿を重ねると、表現方法が違うだけで、根本は一つも変わらないように思えた。
「はぁ……。ダメだなぁ、俺。少しは選手のことわかったつもりだったのに、全然わかってない」
「まだ、一ヶ月ですから」
「そうなんだよなぁ。監督にも焦るなって言われたけれど、知らないうちに焦ってんのかな」
「――――啓太さんは、美波の言っていることを『違う』って、否定したじゃないですか。選手達を平等に見てる――って。じゃあ……」
会話が途切れて、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
「……ちょっとだけ小耳に挟んだんですけれど、コーチ達は結衣さんの家まで行ったんですよね?」
「ああ、まあ家というか……」
いや――。この感じだと七海は、結衣の生い立ちを知らない可能性がある。
彼女たちはこの四月からレポロに在籍することになって、小学生時代は別のチームで過ごしている。中学自体、周辺に点在する小学校から一手に生徒を引き集めているはずだ。幼少期を一緒に過ごしていなければ、知らなくても不思議ではない。
少なくとも、不用意に吹聴して回るわけにはいかないだろう。
「そうだな。朝のランニングに付き合ったりは、したよ。あとは果林の練習を一緒に見たり……。あいつら全然気が合ってなかったけど、フィールドでの問題が外でのふれあいで解決するってのは、割とあるんだ」
「外でのふれあい――ですか」
「試合とか練習だけ一緒にしても、人となりとかまでは、中々わからないだろ?」
言うと七海は、困った顔に少しだけ微笑みを浮かべて、「そうかもしれないですね」と口にした。
そして二の句を継ぐ。
「じゃあ今夜……。その。時間が空いていたらで良いんですけれど。――私たちにも、付き合ってみませんか?」
「夜に練習してるのか?」
「ええっと。まあ、練習は練習なんですけれど――」
それから七海は怖ず怖ずと、耳を口元へ寄せるよう要求してきた。少しだけ屈んで高さを合わせると、静かに双子の秘密を打ち明けてくる。
「できれば、ソフィさんも一緒に来てもらえたら」
そうして俺とソフィは急遽、倉並姉妹の自宅を訪ねることになった。




