第4話 フリーマン
まずは失点した側。結衣と敵対するBチームのキックオフで試合が再開する。
直後、いきなり俺の足下にパスが届いた。
まるで『とりあえずどうにかしてください』とでも言わんばかりだ。『このパスに合わせて決めろ』というような意思の籠もったメッセージ付きのパスというのは大好物だけど、これは意思というより依頼だな。
しかしフリーマンはシュートが禁止されていることも多く、今回も例外ではない。基本的にはパスの繋ぎ役だ。つまり俺一人では、どうしようもない。
――ま、鼻から一人でどうこうしようなんて気、更々ないんだけど。
辺りを見回して攻撃側選手のポジションを把握する。
思っていた以上に、前へ出ようとする子がいない。まずは意識から変えなくては。
「攻めないと点取れないぞ! ボール持っててやるからもっと前に出て!」
手振りを交えて攻撃側の選手を前へ押し上げる。遠慮がちにだけどゆっくり選手が前のほうへ移動してくれて、少し安心した――――瞬間、斜め後ろから荒っぽくスライディングが飛んできた。
「っと!」
当たってたら警告もんだぞ、と言いたいところだけど。さっき周囲を見回した時点で走り込んでくるのが見えていたわけで、こっちは余裕で対応できた。
問題なくボールを浮かして同時にジャンプしてかわし、そのまま置き去りにできる状況にする。
「美波さぁ――。お前、すぐに突っ込んでかわされるクセがあるぞ」
「うるさい!!」
察知されないよう忍び寄って近づくとか、守備の選手ならもう一工夫がほしいところだ。ボールホルダーにとっては、忍者みたいな選手が一番怖い。
「ま、土のグラウンドで躊躇なくスライディングする勢いは、ありだけどな」
痛いんだよね……。特に小石混じりなんかだと、最悪。
レポロの練習グラウンドは土とは言えしっかり整備しているから、小石混じりなんてことは無いけれど。ここはただの中学校のグラウンドだ。小石なんて、拾いきれないほどあるだろう。
ヤンキーっぽい性格の美波は、それをなぞったかのように突っかかってくるプレースタイルで、攻撃的。姉の七海は慎重に待つ守備的なスタイルだ。
双子で性格が全然違うけれど、組み合わせれば良い具合にバランスが取れている。両方攻撃的だと同時に攻め上がって守備を放棄しかねないから、相性は良い。
もう一度首を振って見回すと、自陣のBチームから三人ほどが前に走り出していた。
オフサイドルールにめちゃくちゃ厳しいということはないだろうけれど、事前確認では『中学生なのでゆるーくいきますけど、あからさまなものは取りますよ』とのことだったから、こちらで選択しタイミングを計らなければならないな。
さて――と思った瞬間、隣に釘屋奏がやってきた。彼女は今の攻撃側チームにおける、唯一のレポロの選手……なのだが。
ちょっと斜め後ろぐらいのところで構えて、ボールをよこせという感じもなく、前へ出る雰囲気もなく、そのまま待機。
「…………お前は、何をしている?」
「もちろん、コーチがボールを奪われたときの、カバー」
思わず唇の端がヒクついた。奪われたときのカバーとは、随分と舐められたものだな…………。
「いらんから早く上がれ! 三点差で負けてんだぞ!?」
「ここで失点したら四点差ですよ?」
「追いついたら二点差だっつーの」
「はぁ」
こいつのことは一旦放っておこう。
攻めるのが上手いとか下手とかいうレベルではなく、奏の持つ辞書に攻撃の二文字はないらしい。本物の聖人君子かただ辞書のページが破れてるだけか、どっちかだな。
確実なサッカー経験者はこのチームに奏一人だというのに……。
困り果てた気分でいると、俺の横をちょっと遠慮気味に走り抜けていく影が映った。
「おっ、丁度良い」
その子に併走する形でドリブルを開始。
声が届く程度の距離で「パスするから、そのまま突っ走って!」と伝える。名も知らない少女は一瞬こちらを向いて、こくりと頷いた。
彼女の走る進行方向へ、ボールを受けやすいように、パスを出す。
走っている味方にパスを出すときは足下ではなく先の空間に出したほうが、ずっと受けてもらいやすい。走るスピードとパスのスピードを合わせて、交差する地点を割り出すんだ。
利き足まで把握していたらもっと受け取りやすいパスを出せるけれど、とりあえずどちらの足でも良いように、『安全で優しく』を心がけた。
しかし受け取った少女が一度ボールに触れると、走った勢いのままに蹴り出してしまい、大きくボールが転がっていく。
「あっ……!」
女の子らしい上擦った小さな声が耳に届いた瞬間、俺は叫んだ。
「走れ! 蹴ったボールには『追いついたもん勝ち』だ!!」
眼鏡を掛けて、走り方を見るとちょっとドタバタしていて、あまり運動が得意そうではない。しかし全力を出し切る気持ちの勢いは、十分にあると感じた。
それでも守備側にはレポロの選手が三人いる。まあ一人は、さっき置き去りにしてきたわけだけど、残る二人だけでも易々とドリブル突破を許してくれるほど、甘くはないだろう。
大きく蹴ってしまったボールに向かって必死に駆ける女子生徒の前を、ズザ――ッと華麗なスライディングが横切った。
濡烏の髪が美しく靡く。
「ふぅ……」
瀬崎結衣――。
スライディングにも種類がある。彼女はその使い分けすらも上手い。
例えばボールをしっかり刈り取りマイボールにするには、侵入の角度やタイミングを測りつつ、危険行為にならないようしっかり前へ入って、ボールを巻き込むように奪う必要がある。
だが彼女が敢行したスライディングは単純なブロックを目的としたもので、遠くへボールを転がして危機を脱するセーフティーなスライディングだ。こちらのほうがより安全で無難。
――と、彼女ならそういう選択をするだろうということを、パスを出した時点で先読みしておくわけだ。計算するのは味方のポジション、時間、そして敵のポジションである。性格とクセまで把握していれば、なお良い。
スライディングしながらボールを進行方向と逆側へ飛ばすのは難しく、結衣なら難しい選択をするより確実な道を選ぶ。彼女が危機からボールを脱する前提で先回りしておけば、まだAチームの攻撃を続けられる。
俺が転がるボールを拾って更に攻撃を続けようとすると、結衣は不満いっぱいに声を大きくした。
「ちょっ! 今クリアしたじゃない! あなた攻撃側の人間でしょ!?」
「はあ? クリアしただけで守備が終わるわけないだろ」
と、言い合っている中でゴール前ががら空きになっていた。
丁度、都合良くこちら側の選手が――というか、さっきの彼女が良い角度から斜めに走り込んでいる。
「ほいっ」
スペースに軽くパスを出すと「えいっ!」と言いながらガツンとボールを蹴って、ゴールネットに突き刺してくれた。芯を外して変な回転がかかったシュートだけど、ゴールの枠ってのは結構大きい。
思い切りの良さがあれば案外入るもんだ。『打てば何かが起こる』とも言われる。
「うっしゃあ!!」
ちょっと自分で触る回数が多すぎたけれど、とりあえず選手を一人走らせて、ゴールを決めてくれるようアシストすることができた。
攻撃に徹するフリーマン役は、元々から好きなんだ。
でも素人の女の子達を自由自在に動かすような器用さはないから、役目を果たしきれるかはちょっと不安だった。
「きみ、名前は?」
折角だから、と、ゴールを決めた女の子に問いかける。
「一ノ瀬有紀ですっ」
「サッカーが好きなの?」
「はいっ。――あ。でもその、『見る専』で」
「へえ」
見る専門。プレーはしないけれど見たり応援したりすることが好き――ってことだ。
身近なところではソフィが近いかな。あいつならシュートを空振ったか、その前にこけていた気がするけれど。
「よく見てるんだね。ゴール前に走り込む動きとか、完璧だったよ。斜めに入ってくるところが凄く良かった」
サッカーを上手くなりたいなら、プレーをするだけではなく、レベルの高い試合を沢山見ることも大切だ。分析するように色々な試合を見てみると、参考にする動きが山のように見つかる。
小学生のサッカーでも、雨天で練習ができなくなればプロの試合映像を見ながらプレーを分析して、座学に費やすチームがあるそうだ。
彼女はプレー経験が体育の授業程度だったとしても、『見る』ということでスキルを磨いたのだろう。
「いえ――。そんな……」
「次も頼むよ」
ゴールを決めてはにかんだ表情が、初々しい。
――さて。今度は結衣と組むAチームでの立ち回りか。より難題となるのは、こっちのほうだな。




