第3話 マッチアップ
状況を整理しよう。
川舞学園中等部の一件は率直に言って戸惑ったし、いざ生徒達を目の前にして緊張もしていた。
いくら女子選手に慣れてきたとは言え、川舞学園中等部は歴とした女子校である。女子校のノリ、みたいなのが出てくると俺にはどう対処していいかわからないと思ったし、やっぱり大人数の女の子というのは変な緊張を生んだ。
だからこそ今日に関しては、大した緊張をせずに済むと思っていたんだ。
共学だし。
男子生徒いるし。
それならサッカーに興味のある生徒の割合も確実に増えるから、取り入りやすい。男子生徒が相手なら遠慮せずにすむというのも、大きい。
――――なのに今、俺の目の前には三十人弱のJCだけが集合している。
状況、なんっにも変わってねえよ!!
「あの、先生?」
俺は体育教師へ問う。ちなみに恰幅のいい中年男性だ。無念。
「どうしました」
「あのー。男子生徒は、どこへ……」
「うちは男女別で体育をやってるんですよ。中学生ともなれば、性差が出てきますからね」
「は、はぁ……」
言っていることはごもっともなのだが、当てが外れすぎた。
「じゃあこのあと、男子の授業もやるんですか?」
「いえいえ。今のこれ、球技大会向けの授業なんです。今年は女子がサッカー、男子はバスケなので、今頃男子は噎せ返る体育館でみっちりしごかれてるところですよ」
体育教師は絶対ぶよってる腹を大きく突き出して「がっはっは」と豪快に笑った。
競技を別にすることで、男女をグラウンドと体育館に分けて授業ができる――っていうことかな。合理的というかなんというか。理解はできるんだけど……ねえ。
「それに男子高校生としては、JCのほうが俄然やる気が出るってもんでしょう?」
「なんの冗談ですか…………」
「私が高校生の頃なんて、中学生にしか興味なかったですよ」
いやいや、ダメじゃないか、それ?
「大学生になれば高校生が、教師になったら大学生が……。結局、失った時間を取り戻したくなるだけなんでしょうなぁ」
「はぁ……。そうですか……」
遠い目で青空を見上げながら語る姿には哀愁が漂っていた。むしろ哀愁しか漂っていなかった。
気持ちはまあ、わかるような、わからないような。
俺も日本の中学を卒業していたら『失った時間がここにある。羨ましいなあ。眩しいなあ』って哀愁を漂わせていたのだろうか。…………いや、ないな。時間は重ねるものであって失うものではない。――お、これちょっと名言っぽくない?
しかし俺が想像してたのは、男子生徒から浴びる脚光である。
軽くリフティング技を見せるだけで
『すげぇー!』
『俺に教えてください!!』
『俺も俺も!!』
と、サッカーに興味があるならこうなるわけだ。ふふふっ、ふはははははっ。ふわーはっはっ…………はぁーぁ、残念。
ここには最強のリフティングテクニシャンことチサもいないし、結衣にさえやらせなければ俺は注目の的だったのに。
いや、結衣になら互角の勝負は挑める……か?
「はいっ、じゃあ事前に決めたチームに分かれてくださーい。Aは先生に向かって右、Bは左ねー」
あっ、そもそもリフティング披露の時間とかないのね。そっかー。俺、何しに来たんだろー。
期待していた男子生徒もいなけりゃ、リフティング芸の時間もない。ソフィが「なんでガッカリしてるの?」と隣から顔を覗き込んできたが、そんな純粋な目で俺の穢れた欲望を知ろうとしないでほしい。尊敬……されたかった……ッ!
体育教師の言葉で、生徒達が左右に分かれていく。
見るとAチームには瀬崎結衣の他に、七海美波の倉並姉妹がいる。
対するBチームの中には釘屋奏のみ。
レポロだけがサッカーをする場ではないし、小学校時代の経験者や単純に運動神経の良い女子生徒だっているだろう。
しかしこの中学に女子サッカー部はなく、地域一帯で見ても中学の女子サッカーチームはレポロのみ。現在進行形でサッカーをしている生徒がいるとは思えない。
特に結衣のレベルとなると……。競技としてサッカーをしている人間でも簡単には止められないのだから、普通の女子中学生がどうにかできるものではないだろう。
「先生、このチーム分けは、どのようにして?」
「くじ引きですよ。一番文句が出ません」
「あぁ……」
得心した俺の横で、ソフィは腕を前に組んで「納得できないね」と口を開き、俺にだけ聞こえるぐらいにボリュームを絞って二の句を継いだ。
「球技大会って、試合やるんだよね? バランスを考えて七海と美波のどちらかを反対側へ回すぐらいのことは、したほうが良かったと思うな。明らかに戦力差のある試合は、やる気を出すのが難しいよ。勝敗が見えちゃうね」
「まあ、なあ……。チサと果林のは単なる授業だったから、あの二人も積極的には行かずに大人の対応を見せてくれたけれど。――勝敗がかかるとチームメイトだって勝ちたいと思うだろうし、そういうの背負っちまったら後ろで控えているわけには、いかないかもな」
今日が初めてのサッカーというわけではないそうで、すぐにパス交換の練習をして、そのまま試合の運びとなった。
球技大会での試合を想定しているのだろう。人数もしっかり十一人ずつに分けられている。
そして試合が始まるとすぐ、俺たちの不安は当たってしまった。
「ユイにボールを集めればなんとかなるって、完全に共通理解になっちゃってるね」
困り顔でソフィが言った。
本当に、Aチームの選手は転がってきたボールを全部結衣のところに集めている。結衣も、やめときゃいいのにドリブルでザックザク切り込んでいくし。ジャックナイフかお前は。競技としてサッカーをしている中でもチート級なのに、素人相手に無双とかもうバグだよ。始まりの村にラスボスが出てきた気分になるだろ。
授業として全員がボールを触れるよう配慮すべきなのか、勝敗にこだわるべきなのか、そこは難しいところなのだろう。
そして確かに、結衣は圧倒的で、結衣にボールを集めたら勝てるのは間違いない。
――――でも俺、このサッカー、嫌いだ。
「これじゃ、思ったより出番が早そうだな」
当たり前のことだけど、俺はここへリフティングをしに来たわけではない。やれと言われれば喜んでやるけど、あれアドリブだし。無茶ぶりだし。もしチサに続けて結衣にも負けたらもう、立ち上がれないし。
試合の審判は体育教師が務めている。最初からそういう話だった。
では、そんな中で俺に与えられた仕事というのは――。
「三点差か。もう十分だろ」
「行くの?」
「ああ。ちょっと遊んで――、いや、仕事してくる」
「楽しんできてね!」
ソフィはニッコリと笑って、俺を送り出してくれた。
三点目が入ってから試合再開までの間に、俺はフィールドの中へ入っていく。そして体育教師へ伝えた。
「先生、入ります」
「おう。じゃあ、ちーっと遊んでやってださい」
ソフィも先生も、簡単に言ってくれるなあ。
生徒達には事前に伝えられているそうだが、先生は再度確認するように声を大きくした。
「今から等々力コーチが『フリーマン』になるからな! お前達もしっかり走るんだぞ!」
フリーマンとは、どちらのチームにも属さずにただ攻撃だけを担当する選手を差す。守備には関与しない。とにかくボールを持っているほうの味方になる。
つまり攻守の人数が数的同数ではなく、十二対十一で常に一人多い状態になるんだ。これによって攻める側に選択肢が増え、戦術にも幅と厚みがでる。
「さて…………。お手並み拝見と行こうか」
結衣が全てを握ってしまって、他の生徒は傍観者。
このつまらない試合を、俺が変えてやる。




