第2話 結衣の気持ち
地域活動、二日目。
どうも五月の頃に球技というのがこの辺りでは一般的なのか、今日も中学校での指導だ。しかし今回は私立川舞学園の中等部ではなく、男女共学の公立校。
「なぜ、あなたがここにいるの」
「仕事みたいなもんだ」
体操服姿の瀬崎結衣というのは、やけに印象的というか、いつもより幼い印象で着飾られていて…………。少しだけ『いけないもの』を見てしまったような気になってしまう。
濡烏と形容される髪色と体操服の白と紺がやたら馴染んでいて、正直、日本で中学生活を送らなかった俺にとっては強烈なインパクトだ。
「…………そう。面倒なことをさせてしまったわね……」
ふいっと目を逸らして、消え入るように言われる。
「別に、お前のせいってわけじゃないぞ。チームが負けた責任を背負わされているわけでもないしな」
「今のは、そういう意味じゃないわ」
「じゃあどういう意味だよ」
問い返すと結衣はしばらくの間、押し黙って、ようやく口を開いたかと思えば、気まずそうに続けた。
「………………私が、あなたの意見に賛同しているからよ。あの場では、止めることができなかった」
「――――そっか。そりゃまあ、うん……」
瀬崎結衣という少女は、生半可な人生を歩いていない。
親を知らずに育つというものは、つい一年半ほど前に母親を失ったばかりの俺にも全く想像が及ばないものだ。きっと苦しみの種類が違うだろう。
その中で彼女はサッカーに出会い、幸か不幸か定かではないが、のめり込んだ。
プレースタイルは一見すると華麗かもしれないけれど、俺の目には華麗さと泥臭さの境界線に位置しているように映る。
常に全力であり、表情に笑みはなく余裕が感じられない。
思いのままに相手を手玉に取ってあざ笑うわけでもなく、ギリギリの勝負を仕掛けてギリギリの勝利をもぎ取る。
全てのプレーが途方もない努力と練習量に裏付けられている。それそのものはチサだって同じだけれど、でもやっぱり、ここでも努力の種類が違ってしまう。
チサは結衣に憧れて必死で追いつこうとした、言うなれば純粋でポジティブな努力だ。
しかし憧れられた結衣の努力は……。
一旦は俺が目標になったようだけれど、その俺は、目の前から三年もいなくなった。
それでも、その間に彼女は腐ることもサッカーをやめてしまうこともなく、中学生になっても男子と一緒にプレーをして自らを鍛え上げ『今の地点』にいる。
十二人しかいない女子チームで、後輩に10番を譲り渡して、自ら12番を背負った。
これが彼女の現在地であり、選んだ場所。
内に秘めた感情が『純粋でポジティブ』なんて形容できるほど単純でないことは、火を見るより明らかだ。
「ま、俺はあの発言に関しちゃ、今更後悔してるけどな」
「そんな――!」
「ただな。俺たちの考えが間違ってるとは、今でも思ってないぞ」
「え……?」
「自分が正しいと思うなら、それを貫け。才能を引き出すのが努力なら、努力を引き出すのは自惚れだ。疑ったらもう、頑張れなくなるだろ」
この返答が意外だったのだろうか。彼女は何度も目をパチクリとさせて驚きを表した。
――――思い悩んでいるよりは、ずっと良い表情だ。
女の子に深刻そうな顔をされたって嬉しくもなんともない。こいつは背景がそういう表情に馴染んでしまうから、余計に、そんな顔をさせたくないんだ。もっと嬉しがったり、楽しんだり、喜んだり――。そういう顔をさせてやりたい。
「俺が間違えたのはあくまで、指導者としてのことだからな。一選手としては、自分の考えに間違いがないって今でも信じてるよ。……というか、そこを疑うと戦えなくなる。俺はそんなに強くない」
「――――そう。大変なのね、コーチって」
「ああ。選手だけやってたほうが苦労しないですむ」
「じゃあ、手を引けば良いのに」
「お前なぁ…………」
しかし言われていることは、ごもっともというか。
最初に親父と約束したとおり、『大変だからやーめた』といつ言ったって構わないわけで。
なら俺は、なんでこんな面倒くさくてややこしいことを続けているのだろう?
「ケイターっ! ユーイーっ!」
僅かに悩みはじめた矢先、数十メートル先のグラウンドからソフィに呼ばれた。同時に始業のベルが鳴る。
「やべっ。遅れるぞ、結衣!」
「選手に専念する気はないの?」
「お前な、今それどころじゃ――」
「答えて!」
真剣な表情で言われて、俺は一つ溜め息を吐いた。
濁りが一つもない真っ直ぐな瞳――。とてもじゃないけれど、簡単な嘘で誤魔化していいものじゃないな。
「そうだな。苦労二倍。喜び三倍ってところだ。――――お前達を見てると、沈んでたはずの感情が熱くなってどうしようもなくなるんだよ。勝たせてやりたい、笑ってほしい――そういう気持ちが強すぎて、もう自分から離れるのは、無理だと思ってる」
自分に問いかけながら、素直な想いを言葉にした。
感情をそのまま打ち明けるのは少し勇気がいることだけれど、実際のところ俺は彼女たちのことが好きで好きで仕方なくて、だからこそ本気で打ち込めている。
ある意味、俺は彼女たちの最大のファンでもあるのだろう。




