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第8話 いもうと

 頬がジンジンと腫れぼったい。


「いっただっきまーっす♪」


 妹は物理攻撃で手に入れた予定通りの夕飯を、とても嬉しそうに頬張る。罪悪感はゼロ。むしろ「止めて夕飯を作らせた私の勝利!」とでも言いたげな爽快さだ。

 横に座るチサが困り顔でこちらをチラリと見てきたけれど、苦笑いで返すしかなく、チサも同じような表情を見せた。この子も苦労するタイプだろうな。


「――で、お兄ちゃんはなんで意地になってたの? 後輩の前でみっともない、かっこ悪い、情けないで、こーちゃんは三重苦だったよ?」

「そんじゃ、中身の残ったペットボトルを投げつける先輩も合わせて、チサは四重苦だな」

「下手くそなコーチで五重苦だね」


 くそう。こいつ一歩も譲る気ねえ。これが試合中なら、どんな理由があっても故意の物理攻撃で一発退場(レッドカード)だからな? サッカーの警告と退場基準を世界共通のルールにすれば、犯罪も減りそうなもんだ。


「あの、啓太さんは凄く上手いと思いますけど……」


 お。さすがよくできた後輩。おだてるのが上手いっ!


「お兄ちゃんは重度のサッカー中毒なだけ。依存症だよ。依存症。びょーき」


 さすが残念な妹。……っていうか、言い過ぎじゃね? 兄ちゃん、しっかり夕飯作ったよ?


「怠け者ってのは病気じゃないのか?」

「効率の良い行動は生存確率を上げる――って、テレビでやってたよ」

「野生動物の話じゃねえか」

「ううん。無人島サバイバルバラエティ」

「…………お前、今どこにいる?」

「家に決まってんじゃん」


 だめだ。会話が通じてない。


「……で、どうなの。なんで意地になってたの」


 結局、俺のほうが問い詰められてしまう。


「好きなのにできないことがあったら、誰だって意地になるっての。できないことにチャレンジしてみて、必死になって藻掻(もが)いたんだよ」

「ふーん。こーちゃんはできないことはやらないスタンスだから、よくわかんないや」


 それで今の実力があるんだから、ちゃんと練習したらこいつは凄い選手になれるんじゃないかと思わされてしまう。ちょっと羨ましい。

 妹は言葉とご飯をゆっくり味わうような溜めを置いてから、二の句を継ぐ。


「…………でも、藻掻いてた……か。――――じゃ、七海と美波の気持ちが知りたかった――ってところだ」

「やっぱ、バレてたか」


 才能と表現するしかない力を前に苦悩する、倉並姉妹。

 彼女たちを真っ向から否定してしまったことは、指導者はおろか先輩としても正しい振る舞いではなかったと、今では悔いている。

 早く謝ってしまいたいぐらいだ。

 ――でも謝って楽になれるのは、俺だけ。

 彼女たちから見れば俺だって、才能がある側に立っているのだろう。

 そんな人間が簡単に謝ったところで、『私たちの気落ちがわかるはずない』って言われてしまいそうである。


「お兄ちゃん、大人になったよね」

「へぇ?」

「なに、その間抜けな声。せっかく褒めてあげてるのに」

「どこら辺が大人になったんだ?」


 むしろ意地になって、幼稚な姿しか見せていないと思うけれど。


「前は自分のことしか見えてなかったでしょ。今はちょっと、周りのこと見ようとしてるから。――悪くないと思うよ、そういうの」


 ……なんだよ。なんでこいつは急に、本音っぽい調子でそんなことを言えるんだよ。

 気恥ずかしくなって、頬を掻いた。


「でも見てた感じ、チサちゃんのほうがもっと大人だったけどね。――チサちゃん、お兄ちゃんがなんでムキになってるか、気付いてたでしょ?」

「わっ、私はそんなこと」

「気付いてないと、あんなに優しく見守れないと思うなぁ」

「もーっ、先輩!」


 言いながら、心乃美がチサの頬をぷにぷにと(つつ)く。それをチサは、照れくさそうにただ黙って受け止めていた。

 二人は元々先輩後輩としてかなり打ち解けていたけれど、段々とそういう枠を超えてきて、今では本当の姉妹のような関係に見えることが日常的にある。

 こういう光景を見ると、なんだか微笑ましい。


「こーちゃんだったらきっと、叩いてでも止めてたよ」

「ええと、叩くのはさすがにちょっと……」


 だったらきっと――って、なんか仮定の話みたいな口振りだけど、お前さっき実行したからな?

 ペットボトルハンマーに比べれば、叩かれるぐらいのほうがむしろ、マシだった気がする。

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