第9話 共通
家に帰ると毎回、チサが出迎えてくれる。
わざわざそんなことをしなくていい、と言っているのだけれど。自転車を止める物音や、車のドアが閉まる音に気付くとつい、玄関まで出てきてしまうそうだ。犬じゃないんだからさ……。
まあ、すんげぇ嬉しいんだけれど。
「おかえりなさいっ」
「ただいま」
夫婦になれる気がする。
『お邪魔しています』ではなく『おかえりなさい』を言ってくれるというのは、チサが家族に馴染んでいる証だろう。輪をかけて嬉しい。
以前なら怠け者の妹がナマケモノのように、のそっとソファで棒アイスでも舐めていて、忘れていたかの如く棒読みで『あー、おかえりー』と言ってくれるだけだった。
笑顔で『おかえりなさいっ』なんて跳ねた語尾にされると、可愛すぎて新鮮すぎて、舞い上がってしまう。
「荷物、持ちましょうか?」
「カバンしかないって」
今日は試合の日だったから、いつもに比べると荷物が多い。カバンはパンパンに膨れてしまっている。それを見て言ってくれたわけで、ほんと、よくできた後輩だ。あと可愛い。
…………そして見上げたことに、今日のことには一つも触れないでいてくれている。
チーム結成以来はじめての負け。それはチサも同じ。
いや、負けず嫌いの彼女が、憧れの瀬崎結衣と共に攻撃の中核を担っていたのだ。攻め崩せなかった責任も口惜しさも、痛いほど感じているだろう。
それでも何も言わないでいてくれるというのは、ひとえに気遣いだ。
年下にそんなことをさせていると思うと、本当に申し訳ない。
俺はチサの行動に感謝をしつつ、口を真一文字に結んだ。
――そして覚悟を決めてから、怖々とリビングへ向かう。
きっと気遣いも容赦もしない、妹が待ち構えているから。
「お兄ちゃん!!」
「はっ、ひゃい!」
浴びせられる非難の言葉を想像して、更にギュッと口を結んだ。
しかし――。
「………………………………言わなくてもわかってるみたいだから、いい。今日は怒らないであげる」
ジィッと観察するような目で見つめてきた妹は、それだけを言うと、ドカッとソファに腰を下ろしてしまった。
……いやいや、何か言ってくれよ。
いっそ『最低』とか『偉そう』とか『少しは空気を読め』とか『選手の気持ちを考えろ』とか『だから彼女できないんだ』とか、なんでもいいから思いっきり罵倒してくれよ。そのほうがスッキリしそうなのに――。
『わかってるでしょ』と、何も言われないほうが、余程堪える。
この手法は母さんがよく使ったやつだ。
家事は全壊しているのに、妙なところだけ受け継いだもんだなぁ。
「お父さんは一緒じゃないの?」
「……一緒に帰ってくるほうが珍しいだろ」
親父はコーチとミーティングを開いた。
いつもの酒を酌み交わしながら居酒屋でやる座談会ではなくて、事務所に全コーチを集めてのガチなミーティングだ。
バスでの異常な空気の重さには当然、同席したコーチも気付いていて。内の一人だった多湖コーチ(小学生の頃に俺を指導していた人。再開以来ロリコン扱いしてくる)から俺とソフィは報告を求められ、正直にありのままを伝えた。
俺たちにこのままU15ガールズを任せて良いものか……、議論をしているのだろう。
正直に言って負けることを考えていなかったから、その後のフォローの仕方も考えていなかった。勝つことは考えていたけれど、負けた後のことにまで頭が回っていなかったんだ。
選手ならば負けた後のことなんて考えずに、思いっきり、全力で戦えばいい。しかしそれは指導者が負けた後のフォローをしてくれるからだ。
そんなことに、今さら気が付いた。
その程度のことしか考えられない人間が、コーチをする。試合となれば、監督役までやる。
――――しっかり議論されて然るべきだろう。親父の性格なら、選手に直接影響するところは絶対に軽んじないはずだ。
「――――ん、なんか焦げ臭くない?」
妹がちょっとだけ人並みより高い鼻を、スンスンと鳴らす。
「そういや……」
同じようにスンスンと鼻で空気を吸うと、確かに焼けた臭いがする。




