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第7話 モノクローム

 再び奏のパスがカットされて、レポロの守備陣が強襲を受ける。ゴールキーパーの手島(てしま)和歌(わか)が前に飛び出して好セーブを見せ、どうにか(しの)ぎきったが…………。こんな危機(ピンチ)が何回も繰り返し訪れていては、いつか必ず失点する。


「……オルフェスの中盤二人、体格が良いし、なにより守備が上手いな。結衣とチサを自由にさせてない」

「果林を見てるセンターバックは逆に小さいよ。でも、足が速そう」


 一際小柄な果林を相手に取るなら、体格に優れた選手よりも、むしろ瞬発力や小回りの効く選手が有効――。呆れるほどよく考えられている。

 そして再びボールを持った――いや、持たされた奏は、ドリブルを試みようとして一旦迷った末に結局、結衣にパスを出した。

 本当に、ただ足元へ向けただけの、素直すぎるパスだ。

 ……これまでの試合なら、これで十分だった。

 しかし結衣をマンマークしていた相手選手が体格差で潰すようにしてこのボールを狙い、結衣は持ち前のテクニックを発揮できず――いや、発揮するより手前の段階で、奪われてしまう。


「カナデはパスが上手くないから……。ケイタ、この試合、マズいよ」


 味方のパスというのは、ある程度の信頼の上で成り立っているものだ。成功に成功を重ねてゴールを得るのだから成功を疑うわけにはいかない。

 だがオルフェスは奏のパスを信用しない。いやむしろ、必ずミスが出るという逆の方向へ信用している。


「ああ。……マズいな、完全に研究されてるぞ」


 四人のディフェンス陣全員にプレスが来るのは、両サイドバックの倉並姉妹からボールを奪うためだろう。

 中央で守備の要(センターバック)を務める二人に比べると、サイドの守護者(サイドバック)である二人は技術が高くない。狙い所にするならボールを失いやすい選手が鉄則。だからこの点は戦術的に理解が及ぶ。

 だが、奏にマークが付かないのは……?

 結衣やチサより技術で劣る奏のところでボールを奪えば、速攻に移りやすいはずなのに。これでは『奏に預ければ安全』だと教えてくれているようなもの――。


「……まさか」

「あんまり考えたくないけれど、オルフェスはカナデのことを『攻撃では怖くない選手』だと思って最初から捨ててる…………かも。パスをカットできればいいから、カナデ本人にマークをつける必要がないんだよ」


 サッカーの守備では数的優位が原則だ。

 例えば相手がフォワード一人のワントップなら、センターバックが二人で対応する。フォワード二人のツートップなら、守備的中盤ボランチかサイドバックから一人を借りて三人で。

 スリートップなら、二人のセンターバックと両サイドのサイドバックの計四人で――。

 よほどの力量差があったり負けていて攻めなければならない状況なら話は別だけど、常に相手より一人以上多い状況を創出するのが基本だ。

 しかし現状、オルフェスは四人の攻撃陣をピタリと前線に張り付かせている。こうなるとレポロは守備の数的優位を作ることが難しい。

 ただ、サッカーは退場者が出ない限り原則十一人対十一人。同じ駒の数で争うスポーツだ。

 前線に人数をかける代償として、オルフェスは守備の数的有利を失う――はず、なのだが。そこで奏を捨てることによって、うまく自分たちの優位性を保っている。


 つまり互いのフォーメーションを組み合わせると、



 ● レポロ   4―1―2―3

 ○ オルフェス 4―0―2―4



挿絵(By みてみん)



 こうなる。


 過去の二試合から4-1-2-3の1である奏に攻撃能力が無いと知って、意図的に(・・・・)無視し、攻撃で数的同数を作りつつ守備の数的優位を保つ。

 形だけを見ると奏を加えた五人の守備陣と見ることもできるが、奏はパスに自信がないからこそ少しでも結衣かチサに近寄ってボールを渡そうとする。自然、ポジションは前へ移動して守備への切り替えとポジションの戻しが遅れてしまう。


 ……この組み合わせは俺達にとって、あまりに不利だ。

 再び奏のパスがカットされると、そのまま勢いで押し込まれて二点目を奪われ、最後はセンターバックの二人にも迷いが出てしまい連携ミスが発生して三点目。

 前半を0―3で折り返すこととなった。

 ハーフタイムを迎え、ベンチの周りへ集まってくる選手の表情を伺うと――。

 倉並(くらなみ)姉妹と釘屋奏は意気を落とし、明らかに自信を失っているように見える。特に奏は表情が暗い。

 わざとボールを持たされてミスを待たれるなんて、マンマークで一対一を仕掛けられて負けるより遙かに屈辱的だ。

 フリーであることを利用してドリブルで切り込めたら良いんだが……。

 そこを狙って果林のマークが一人外れて奏に向かい、ボール奪取からカウンター。ここまでわかりやすくボールを持たされているのだから、シンプルで一般的な打開策にはしっかり罠が用意されている気がする。

 相手ベンチをチラリと見ると、笑顔でみふたんが選手達を迎えていた。選手達の表情も明るく闘志が(みなぎ)っている。前半で自信を付けさせてしまったな……。

 ――俺は気を取り直して、後半に向けて新たな指示を出した。


「フォーメーションを変えるぞ。結衣がボランチに下がって4―4―2。相手も4―4―2を基本としているから、逆にこっちが相手全員をマンマークするんだ。そうすれば綺麗な鏡合わせになる。力比べで負けることはない。中学サッカーで大量得点はそう珍しくないからな。まだ十分に逆転できるぞ!!」


 選手達に言って、力量では勝っていることを強調した。

 実際、彼女達の力があればそう簡単に負けはしない。

 そしてサッカーは前後半に分かれた起承転結のある競技。今は相手が先手を打ってきた状況だから、次はこちらの番だ。

 だが三点差……。

 確かに育成年代のサッカーは大量得点が珍しくない。たった数試合で百を越える得点を記録するチームが出てくることすらある。それだけチーム毎の力量差が激しいということだ。

 しかしオルフェスは間違いなく強い。そこまでの差はない。

 サッカーは極端に点の入りにくいスポーツであり、プロでは一試合の平均得点がだいたい二点程度。

 三点差というのは相当厄介な差である。

 ……それでも彼女達なら逆転できると、本気で信じている。

 レポロは混成チームの基本フォーメーションが4―4―2で、そこでプレーする結衣や守内真奈、ゴールキーパーの手島(てしま)和歌(わか)といった二、三年生の中心選手には慣れもある。

 今は参加していなくても、去年までは混成チームにいたという選手も何人かいる。

 男子チームとの試合でも後半は4―4―2で戦って、勝ったんだ。自信を取り戻すには最善だろう。


 ――――だが後半が始まってすぐ、俺は愕然(がくぜん)とさせられた。


「な……っ! くそっ、読まれてたか」


 後半が始まると、オルフェスのフォーメーションは5―4―1に変化していた。

 三点差を付けて五人のディフェンス陣。その前では四人の中盤が横に連なって、ディフェンスと合わせて二枚の厚く長い壁を形成……。守備に重点を置いた完全な『逃げ切り態勢』。ガチガチの堅守だ。

 これではマンマークができない。してしまうと1―4―5という異常な攻撃偏重状態になってしまう。

 そんな練習は一度もしていない。

 練習していないことは、できない。

 サッカーにおける戦術は無限に存在すると言える。しかしレポロのU15ガールズは立ち上げから僅か一ヶ月の急造チーム。選手たちが大凡(おおよそ)を理解して実行できる戦術というのは、片手で数えて指が余る程度しかない。

 前半のように強いプレスをかけられて慌てることはなくなったが、相手の固い守備を崩すこともできず0―3のままで終戦の笛を聞くこととなった。

 瀬崎結衣と寺本千智――。紺碧や苺に例えられる髪色がくすんで見え、フィールドがモノクロに映る。

 同時に、昨日、三本指を立てて『三点差』と挑発してきた梨原深冬の姿が、脳裏で色鮮やかに焼き付いていく感覚を得た。

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