第6話 U15ガールズ!
軽く乱れる心拍を感じて内心動揺しながらも、俺は努めて冷静に振舞う。
少しの間を置いて呼吸を整えてから、選手達にも簡単な自己紹介を促した。
U15ガールズチームの最上級生は俺と一つ違いでしかなく、中間の二年生でも二つの差。
ひょっとしたら小学生時代に彼女達の中の何人かとは会ったことがあるのかもしれない。小学生からレポロでサッカーをしていた選手なら、同じグラウンドでの練習ぐらいは幾度となく経験しているだろう。
けれど、当時は自分のことやチームの勝敗にしか目が行っていなかったからか、女子選手に関しては本当に覚えがない。
少なくとも、確実に記憶出来るほど濃密な時間というのは過ごしていないだろう。
その中からあえて覚えのある顔を挙げるとするならば――。
「一枝果林。一年、フォワードです!」
以前見た紅白戦で、途中出場ながらバンバンゴールを決めていた一年生の彼女と、
「……寺本千智。え、……えと。一年生、です。……その……前のほうなら……どこでもできます」
圧倒的なテクニックとセンスを見せ付けていた彼女の、二人。
……それにしても、名前と学年に加えて得意ポジションを付け加えるというのは一応理解できるけれど……。
上級生の前で堂々とフォワードと言い切れたり、おどおどとしながらも『前のほうならどこでもできる』と言えちゃう辺り、この二人は自分のプレーに余程の自信があるのだろう。
寺本千智に関しては、自覚がなさそうな気もするけれど。
「――一年生は、この二人だけか?」
問うと、彼女達はそれぞれ周囲を見回して少しの間を置いた。
選手名の書かれた紙には、名前の横に学年も記されている。確かに一年と書かれているのは、この二人だけだ。……少ないな。
「じゃあ次、二年生」
「はいっ!」
俺が言い終えると同時に、勢いよく手を挙げる少女。
「瀬崎結衣! 二年! 前のほうならどこでもできます!」
彼女が言い終えると、一部の選手がクスクスと笑い出した。
……目立つ一年生ってのは、得てしてこういう目に遭うんだよなあ。
侮蔑するような笑いが起きたのは、積極的に手を挙げた瀬崎結衣に対してではなく、当然、寺本千智の生意気な発言……。いや、『宣言』に対するものだ。
前のほうならどこでもできるなんて、私は上手いですと公言しているのと同じである。実際とんでもなく上手かったけれど。
俺はこの空気にどう対処して良いのかわからず、そのまま自己紹介を続けさせようとした。
やっぱりこういうの、得意じゃない。俺は揉め事があると遠巻きに見ているタイプの人間なんだ。女の子同士のいざこざなんて怖すぎて、下手に触れられない。
「ユイ! そういうの良くないよ!」
しかしソフィは、全く怖じ気ずに口を挟む。
「チサトの発言が気にいらないなら、プレーで黙らせればいいだけだよ!」
「……サッカー経験ない人に、なにが解るんですか」
ああ、もう問題勃発。
「経験はない――けど、プレイヤーは沢山見てきた! 良いプレイヤーはプレーで黙らせるってこと、凄く知ってるよ!」
ソフィは一歩も引かずに、堂々と胸を張って言い切った。
対して瀬崎結衣は、話にならない、というふうに溜息をこぼす。
「…………簡単に黙らせることができれば、苦労しないわ」
続けて小さな声で、本音と思わしき言葉を呟いた。
俺はそれを耳で捉えつつ二人の間へ割って入る。
「ソフィ、ちょっと落ち着け。瀬崎だってほんの出来心だろ。ちょっと後輩をからかいたくなっただけだよ」
すると全く別の方向から、ぼそりと、
「あの……、続けてもいいですか?」
別の選手が言う。
話の流れを元に戻してくれるのは助かる、と、そのまま自己紹介をさせた。
「釘屋、奏……。ボランチが得意だけれど上手くはないので、あまり期待しないでほしい」
ボランチは守備的な中盤の選手を指す言葉だ。
本来はポルトガル語であり意味も少し違うのだけれど、外来語的に守備的中盤として定着した。
それにしても今度は『体調でも悪いのかな?』と思ってしまうぐらいに低調な声で、それも、期待しないでください――と来た。
性格は十人十色と言えど、自信家(一枝果林)、自信家(寺本千智)、自信家(瀬崎結衣)、からのこの発言は落差が大きいな。
しかし瀬崎結衣が、「奏は上手いわ」とフォローする。
「そんなことない」
「この私が下手な人に何度もボールを掻っ攫われるわけ、ないでしょ」
「全部、偶然」
ちょっと奇妙なやり取りという気もするが、まあ、仲は良さそうである。
俺としても、ようやく守備的なポジションを言ってくれる選手が出てきて安心した。
皆で前のポジションの奪い合いになり、守備的なポジションは攻撃的ポジションを奪えなかった『負け組』がやるポジション――。
そんな発想を中学生まで引き摺られては困る。
しかし釘屋奏は、見たところ一年生二人より少しマシという程度で、身長が低い。
守備的なポジションだとしてもセンターバック(ゴールキーパーの手前で守る、守備の要)は任せられそうにないな。
センターバックは、高く上げられたボールの奪い合い――空中戦――を競えない選手には難しいポジションだ。そこで簡単に負けることは、失点に直結する。
「久瑠沢心乃美、ポジションは――」
そこからは二年生→三年生とスムーズに自己紹介が繋がり、計十二人の自己紹介を一気に終えた。
十二人というのはサッカースクールとしては問題のない数だが、チームとして活動するならば決して多くない。
というか、率直に言って心許ない。
紅白戦をやろうにも六対六が最大人数となってしまう。それでは小学生の『八人制サッカー』よりも少ない。
U15カテゴリーのサッカーは、プロと同じ十一人で行う。そして対外試合では交代枠が三つ以上認められているのが普通だ。
練習試合であれば殆どが自由交代制となる。
できれば十一に三を足して十四。
欲を言うならば、十八人以上を試合に登録できる環境。更に紅白戦で十一対十一がいつでも組めるような人数が好ましい。
この人数、男子なら中学の三学年で楽々クリアできるのだろうけれど……。むしろ大人数の中から先発選手の座を勝ち取るのが大変なわけで。
いや、それ以前の問題として今の数では、複数の怪我人や退団者が出た場合に対外試合を十人以下で戦うことになってしまう。
今後このチームが活動していくためには、より多くの選手を確保する必要があるのかもしれないな。