第6話 一対一とフリー
「この試合で負けても決勝トーナメントへは行けるが、負けていい試合なんてものはない。全部勝って一位通過を決めるぞ!」
俺はそう伝えて、選手達をピッチへ送り出した。
全員が闘志の籠もった目をしていた。十分に士気は高まっている。不安はない。
レポロのフォーメーションは、三戦続けて4―1―2―3。
守備から(ゴールキーパーを除いて)ディフェンダー4人、守備的中盤1人、攻撃的中盤2人、フォワードが3人ということになる。この形は練習試合の前半と同じだ。
対するFCオルフェスは、オーソドックスな4―4―2で挑んでくるように見える。
試合開始の笛が吹かれると、レポロはボールを持つ時間が多くなるよう努めて主導権を握りに行った。
これは支配的サッカーと呼ばれるもので、堅守速攻サッカーと対になる真逆の戦術だ。自陣ゴール前で堅守するのではなく、攻撃の時間を増やし守る時間を減らすことで試合を優位に進める。
ボールは一つしかないのだから、攻めている間は点を取られようがない。
ポゼッションサッカーをする上で特に重要となるのは、中盤と守備陣のパス能力だ。ボールをミスなく効果的に動かして、奪われることなく保持する必要がある。最前線ならともかく中盤より後ろでボールを失えばカウンターの餌食になってしまうから、ここが疎かになると実行は難しい。
レポロは中盤に瀬崎結衣と寺本千智を配置し、守備陣も中央を固める三年生の守内真奈と二年生の久瑠沢心乃美が足下の技術に長けている。この四名を軸としてボールを奪われないサッカーを展開できる。
決して結衣とチサの二人だけで成立するわけではない。
俺達に負ける要素は、ほとんどないように思えた。
しかし――。
「かなりプレッシャーかけてくるね」
ソフィが言ったとおり、オルフェスの選手はどんどん前へ前へとボールを奪いにプレス(ボールを持った選手へ近づいてパスコースを消しながらプレッシャーを与える)をかけてくる。
「あれじゃ4―4―2っていうより、4―2―4だな」
基本的にフォーメーションというのは『守備陣形』を指す。
4―4―2だからと言って前線の二人だけで必ず攻撃を完結させるなんてことはなく、実際には中盤、特に両サイドの選手は前目に出て、4―2―4や2―4―4とも表せる形に変化するんだ。
攻撃は組織的な戦術に加えてある程度の自由さやアドリブ・閃きを加えることで相手を混乱に陥れるわけで、対する守備は逆に『乱されない必要』がある。そこでそれぞれの選手がどこを守ればいいかを明確にしたものが、フォーメーションだ。
しかし今は、レポロのディフェンス陣がボールを持っていて、オルフェスは守っている状況……。
なのに前線の人数を増やして攻撃時のような陣形を取るというのは、かなり強気と言えるだろう。こちらがボールを繋いで攻撃に出れば、オルフェスの選手は前へ出ているから守備が手薄になっている。
「相手は中盤が二人しかいない。こっちは結衣、チサ、奏で三人いるんだ。数的優位を簡単に作らせてくれるのは好都合――」
喋っている間に、センターバックの心乃美が左サイドバックの倉並美波へパスを出した。
すると美波に対して、待ち構えていたかのようなタイミングで、強いプレスがかかる。
「あっ……」
マズい、と思った瞬間、美波がボールを奪われてしまう。
そのまま四人の相手攻撃陣にボールを押し込まれて、失点――。
「修正する必要があるな」
頭の中で思ったことを一旦つぶやきに変えて、すぐ、大声で「ボールを中盤に集めるんだ!!」と指示を出した。
中盤は数的有利。四人のディフェンス陣に四人でプレスをかけられて失点するより、三人の中盤に二人の守備で対応してくれている中盤にパスを出してボールを支配するのは、間違いじゃないはず。
「やっぱそうくるよねー。普通は」
オルフェス側のベンチから離れて、梨原深冬が語りかけてきた。
本当は監督やコーチってのはベンチの前に書かれたラインの内側、『テクニカルエリア』と呼ばれる場所までしか出ちゃいけないんだけれど。今日のようにプロの試合で使われるわけではない場所での試合となると、そもそもテクニカルエリアを示すラインが描かれていなかったりする。
示されていないものを守れと言われても困るわけで、お互いのベンチはかなり近いということもあり、審判も特に咎める気は無さそうだ。プロでもテクニカルエリアを出ちゃう監督、沢山いるし。
見ると結衣より少し小さいか変わらないぐらいの身長だけど、負けているからか、…………背丈よりも遙かに彼女の存在が大きく感じられた。
「あのサイドバックちゃんはボールを持つのが苦手。あんた達の攻撃は常に中央突破だからねー」
「それが才能に頼ったサッカーだって言いたいのか?」
俺が言い返すと、「誰?」とソフィが訊いてくる。
「わーお! 近くで見るとやっぱり綺麗だねーっ。お人形さんみたい。――あ、私は梨原深冬。オルフェスの指揮を執っているの。年下だし、深冬でも、みふでも、みふたんでも、どう呼んでもらっても良いわよ」
顔を近づけられながら捲し立てるように喋られて、ソフィは珍しくムッと眉尻を上げて憤りを露わにした。
「じゃあ――みふたんは、自分のベンチにいなくていいの?」
……ソフィのやつ、まさかのみふたん選びやがった。怒ってるからかな。
「私は試合中に指示出したくない派だしー。結果見えてるしー」
言われて、ソフィが頬を膨らませる。みふたんには悪いが、うちのソフィたんは選手に負けず劣らずの負けず嫌いでねえ。
――っと。
あまり話ばかりしているわけにもいかないから、俺は二人の火花散るにらめっこを放ってフィールドの中に注目した。
結衣から守備的中盤の釘屋奏にボールが渡り、奏は中央の低い位置で前を向く。
しかし奏がボールを受けても、誰もプレスに来ない。相手の前線である四人の攻撃陣がゆっくり自陣へ戻ってくるだけである。
他方、結衣とチサには常に一人ずつ、オルフェスの選手がマンマーク(一対一)で付きまとっている。だからこそ結衣は、無理にボールをキープするよりも後ろの奏へ戻したのだろうが……。
「まずいよ。カナデ、迷ってる……」
睨めっこを終えた(勝敗は知らないが)ソフィが言う。
「そりゃそうだろうねー」
そこへみふたんが勝手な相槌を打って、上機嫌で語り出した。
「サッカーはね、一対一で勝てない人にチャンスなんか訪れないの。あの子は守備じゃ勝つかもしれないけど、攻撃じゃ勝てない子だ。攻撃は全部、才能頼りだね」
……確かに、奏は攻撃が拙い。しかしその足りない攻撃力を結衣とチサが十二分に補うのが、レポロの戦い方だ。
選手はパズルのピースに似て、長所と短所が凸凹になっている。それらをうまくひとまとまりに仕上げたものがチーム。
結衣やチサはボールを持てば最高のプレー見せる天才だ。……ボールを持てば。
「ボールを扱う天才には、ボールを持たせなければ良いだけだよねー。あはっ、ほん――と、単純で助かるよ」
いくらボールを扱う天才であっても、マンマークでガッツリ対応されるとそもそもパスを受けることが難しくなってしまう。そこで『パスの質』も問われることになるわけだ。
「うん。言いたいことは大体言い終えたかな。…………じゃ、またねーっ♪」
勝手に会話を終了して、みふたんは上機嫌で自陣のベンチへ戻っていった。
それからも特に指示を出すことはなく、ベンチに座って悠然たる態度で試合を観察している。
その姿は貫禄すら漂い、とても年下には見えない。
どんな経緯で監督をやっているのかはわからないけれど、経験の面で大きな差を感じる。




