第5話 JC監督
実際、二人の力は凄まじかった。
初戦を4―1、翌日の二戦目を6―2。
どちらも点のよく入る展開になり失点はあったものの、強引に打ち勝ってみせた。
現時点で、得点王争いに結衣とチサが並んでいる。ちなみに五位には三年生の千頭由奈がランクイン。五位以内に一、二、三年生がそろい踏みだ。わざわざ集計を出して張り出してくれるというのは、選手のモチベーションにも繋がるだろう。
ただ、本来ならばチサの相方であり同じ一年生の一枝果林が、このチームのストライカーなのだが……。彼女はどうにも調子が悪い。
小学生までの八人制サッカーからU15カテゴリーの十一人制サッカーへ切り替えたばかり。加えて圧倒的な脚力を持つ一方で経験の浅さからボールを扱う技術では劣るところがあるから、十一人制の組織的な守備が過去にない壁となって立ちはだかっている可能性がある。
あとはまあ、シュートを打つ前に少し考えすぎてしまっているか。
人数が増えてフィールドもハーフコートからフルコートに変わり、思うようにプレーできないのだろう。
しかしまだ一年生だ。功を焦って解決を急ぐ必要はない。
それに果林は藻掻きながらも走り回ってくれているから、相手守備陣が混乱して他の選手にチャンスが回ってきているというのも事実で、おとり役としては十分に評価できる仕事をしている。
――俺は、ある程度の満足感を得ていた。
四チーム総当たりのリーグ戦では、二勝すれば二位以内がほぼ確定するからだ。
ほぼ……というのは四チーム総当たりだと希に二勝一敗のチームが三チーム並ぶことがあって、こういう場合は得失点差(得点数マイナス失点数)で最終順位を決めることになる。
だが仮に次を負けて二勝一敗となったとしても、レポロは得失点差でプラス七点も得ているわけで。
三戦目で余程の大敗を喫しない限り決勝トーナメントへの進出は固く、ほぼ決まり。そりゃ満足もする。
初めての大会・対外試合ということで、選手の中には多少なり緊張があっただろう。それを乗り越えて決勝トーナメントへ行けるというのは、結果として十分だ。怪我人もいないし、上出来すぎる。
「さっきの試合見てたけど、ずいぶん面白くないチームねー」
俺が一人で悦に入っていると突然、隣に立っている女の子がそんな言葉を発した。
掲示板のすぐ横にある自販機で買ったらしき蓋の開いていない缶ジュースを左手に持ち、ジイッと俺の顔を見ている。
こっちは見覚えがないけれど、他の誰かに話しかけているようにも思えない。
「……えっと、誰?」
「明日あんた達と対戦する、『FCオルフェス』」
「あー、昨日勝ってたところだよね?」
「今日も勝ちましたー」
ということは、うちと同じ二連勝か。
これでリーグの中は二勝チーム二つと二敗チーム二つに分かれた。もう二勝一敗の横並びはないから、レポロとFCオルフェスの決勝トーナメント進出が確定したわけだ。
勝ってたし、名前が強そうで格好いいから気になっていたんだよね、オルフェス。どういう意味なんだろう。…………親父には悪いけれどレポロって名前、あんまり強そうじゃないんだよ。だって由来がキャベツだぞ。スペイン語の『Repollo』。
重なって丸くなる葉を選手に見立ててチームを一丸に――とかそういう理由だったと思うけど、キャベツじゃ美味しく料理して食べられちゃうっての。「ロールキャベツにしてやるわ!」なんて相手に言われたらどうするんだ。
……FCレポロU15ガールズって言い辛いから、いっそRepolloに合わせてレポ女とかにしてしまおうかな。ダメか。もう強そうとか弱そうとかいう問題ですらない感じだな。
「えーっと、じゃあ、選手ってこと?」
見たところ中学生だろう。少なくとも俺よりは年下に感じる。
「いーえ」
長いストレートの黒髪を揺らして俺の前に立つと、女の子は胸に右手を当てながら言った。
「監督の梨原深冬よ。初めまして、等々力啓太さん」
「あ、ああ。初めまして」
俺の名前を知っている……。
それに監督っていうことは、まさか俺より年上か? そうは見えないけどな。
「あー、緊張しないでいいから。私のほうが二つも年下だし」
「え? じゃあ――中学……二年?」
「中学生が監督をしてちゃおかしい? まー、そうかもね。ふつー」
「いや、おかしいとまでは言わないけど……」
高校一年生がこんなことをしているのも十分すぎる珍しさなわけで、あまり人のことを言えた義理ではない。
「ま、厳密に言えば監督は別にいるんだけど………………。野球好きのお爺ちゃんなのよねー。サッカーのことなんて『球蹴り』って呼んでるぐらいで、ルールもサッパリよ」
どういう経緯でそんな人がクラブチームの監督になんてなったんだ。そこはちょっと興味があるぞ。
「今回の大会前なんて、ホームランのサインを叩き込まれてね。『どれ、ワシのバットを貸してやろう。使い込んではいるがまだ現役じゃ。ほれ、握ってみるがいい』って、女子中学生相手にセクハラかってーの!!」
チンチンとか言ってすみません! ほんとすみませんっ!
「あー、……はは。…………ところで俺、野球のことなんにも知らないんだけど、ホームランって指示されて実行できるものなの……?」
ゴールの枠を大きく外して観客席に入るようなシュートを、比喩でホームランと呼ぶことはある。だがそれを指示されても困る話で。
「んーなわけないでしょー。狙ってホームランが打てるならサッカーじゃなくて野球やってるって話よ」
「ですよねー」
口調が移って間延びした。
そして一拍置き、俺は眉根をグッと寄せて声のトーンを落とす。
「…………で、俺達のどこが『面白くないチーム』なんだ」
悪いが、最初の一言を聞き流せるほど、人間ができていないんだ。
「ふーん。自覚無いんだねー。個人の才能に頼ったサッカーって、面白いのかなぁー?」
才能って、結衣やチサのことか……?
確かに二人は中心選手で、頼りにしている。でもレポロは、それだけのチームじゃない。
「煽っても無駄だぞ」
うちの戦い方を否定して動揺させようって魂胆かな。
残念だけどその手には乗れないな。むしろ、こっちから動揺させてやろう。
「――もし本当にそう見えてるなら、うちを甘く見過ぎだな。おかげで、明日勝つのは俺達だと確信できた」
反撃に転じた――。
つもり、だったのだが。
梨原深冬と名乗る少女は、右手をこちらに突き出して『三』を示す。
「三点差」
それだけを言うと、しばらく間を置いて不敵に笑って二の句を継いだ。
「三点差付けて、私達が勝つ。うちには紺碧の狐や灼髪の雪姫みたいに才能溢れる選手はいないけど、それでも勝てるってことを教えてあげるわ。あんた達のサッカーを否定するには、それで十分でしょ?」
結衣とチサの二つ名、ガチで浸透してんのか……。そりゃ二人とも髪色に特徴があるし才能もあって二つ名は付けやすかっただろうけど、よっぽど差を見せ付けないと、こんなことにはならないだろうなぁ。きっと小学生時代に対戦相手をボコボコにしまくったんだろう。結衣は情けなんかかけないだろうし、チサもスイッチが入ると遠慮とか全部吹っ飛ぶからな。
……しかしまあ、どこからそんな自信が出てくるんだか。
ひょっとすると心理戦は既に始まっていて、全てが明日への布石なのかもしれない。そう受け捉えると監督業って大変だと熟々思う。
淀みのない調子に揺るぎのない目は、彼女の自信を表しているのだろう。察するに単なるハッタリでもなさそうである。
二連勝したということだし、簡単な相手ではないか。
「まー、結果は明日出るから。――ふふっ、たーのーしーみーっ」
言いながらまた不敵に笑い、歩き去って行った。梨原深冬――、謎な子だな。




