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第6話 育て方

 男子チームのシュートが心乃美の足に当たって、フィールドの外へ転がっていった。

 一旦プレーが途切れて、フィールドの角からボールを蹴り入れるコーナーキックでの試合再開となるのだが――。

 嫌な予感がしていたけれど、やはり柳が、女子チームのゴール前まで上がってきた。

 こうなってくると苦しい。コーナーキックでふわりと高いボールを蹴られ、それをヘディングで強引にねじ込まれる可能性がある。

 もちろん、ボールを奪ってしまえばこちらの大チャンスだが――。

 しかし、俺の予想は外れてしまう。

 笛が吹かれるとすぐ、コーナーキックを蹴る選手は近くの選手にショートパスを出した。ショートコーナーで揺さぶりをかけてからの浮き球センタリングか――と思ったが、受けた選手はすぐにもう一度ショートパスを出す。すると、いつの間にかゴール前から少しだけ離れていた柳が、フリー(周囲に相手選手がいない状況)でそれを受けた。

 ――さっきのフリーキックと、同じような位置。


「やられる」


 声に出たのはそれだけ。

 次の瞬間には、さっきのリプレイのような弾道でボールが飛び、ゴールネットを揺らした。

 ゴールの隅に回転の効いたボールを、中学生離れしたキック力で蹴られる。……これでは止めようがない。打たれた時点で負けだ。

 そしてゴールキーパーとして出場した柳に、二回もこちらのゴールネットを揺らされた。それも、強引に身長を活かしたわけじゃないプレーで。

 まるで『高さだけじゃなく強さでも、女子と男子ではこれだけの違いがある』――と、その残酷な現実を見せ付けているかのようだ。

 ――いや、スライディングで結衣から果林へのパスを防いだことも含めると、彼はすでに三点分の仕事をしていることになる。…………圧倒的すぎる。


「なあ、親父。あれだけの選手がいて、なんで今の三年生は谷間の世代なんて言われるんだ? おかしいだろ。あいつは体格と技術が融合している。下手したら俺なんかより、よっぽど将来有望だ」

「――――柳が絶対的な選手になったのは、去年の暮れからだ。一年生の頃は練習態度も悪かったし、よくサボる奴だったな。下の世代が全国に出たあとは、しばらく、練習に姿を現さなくなったこともある。……挫折というやつだ。しかしそこから自分を立て直して、今のようにフィジカルとテクニックとメンタル――全てのバランスが整った選手に成長した」

「立て直して……か」


 あいつは、今の俺が目指す姿の一つだ。心技体、全てのバランスが整うようにならなければ、選手としての輝かしい未来なんて待っていない。


「挫折しても立ち直る選手は、必ず成長する。雑草のように、踏まれても踏まれても負けずに伸びて、いつか花を咲かすんだ」

「……もしかして、親父はこのために柳を試合に呼んで――?」


 柳だけが三年生でこの場にいるなんて、ちょっとおかしい。最初からこの役割が与えられていたと考えるのは、不自然でないように感じる。

 彼のプレーに併せてそういう話を聞かせることで、俺に発破をかけられる。狙ってのことなら、してやられた気分だ。

 かつて共に戦った後輩が凄いプレイヤーになっているのに、自分だけが足踏みをしている気にはなれない。


「柳も、お前に憧れた選手の一人だ。話を持ちかけたら、二つ返事で引き受けてくれた」


 認めるのか――。くそ……っ!

 俺が女子チームのことしか考えられていない間に、親父は色んなことを同時に考えて進行している。親父と俺の勝負でもあるなんて思っていたけれど、全然勝負になってないじゃないか。

 悔しさを噛みしめながらフィールドの選手を見遣る。

 男子チームの一、二年生は、試合開始時に比べて明らかに気迫を増した。女子だからという手加減はもう僅かも見られない。むしろ、『キャプテンの柳まで参加して女子に負けてたまるか』――という強い気概が伝わってくる。

 彼らにとっても負けられない試合になったわけだ。これが親父の選手育成か……。


「チサは前に残って!」


 突如、結衣の声が響いた。

 状況を見て自己判断で守備陣に加わろうとしたチサに、元の位置に戻るよう指示を出している。

 果林とチサ。二人を最前線に残したのは、果林だけでは状況を打開する力が足りないからだ。

 スルーパスに抜け出してゴールを奪うだけの形で、小学生までは通じたのだろうけれど……。少なくともこの試合に置いて、それだけでは足りない。

 そしてもう一つ。パスの受け手を二人に増やすことで、カウンターの(まと)を絞りづらくしたかった。

 ……しかし力んでいるのか、意地になっているのか。結衣のパスが果林だけに集中している。

 それも柳の出る幕はなく、あと一歩のところで通りそうではあるものの、相手のセンターバックにパスカットされている始末だ。

 ソフィが呟く。


「私…………ユイに、謝らないといけないね……。守備が下手なんて言ってしまったよ。チサだって、一年生なのにちゃんと頑張ってる」


 確かに、今の結衣はボランチとして走り回っている。必死に守っているのは一目瞭然だ。下手なわけでもない。

 チサも虎視眈々と奪いどころを探して、果林に届かなかったボールをすぐに奪い返しに行っている。そうしてサボらないことで、奪えずとも相手選手に早急な判断を迫り、確実に焦らせている。前線での守備がどれほど重要かを理解している証拠だ。


「――あの日は、二人とも守備意識が低かったからな。最初の練習だったし、そう見えたのは仕方ないだろう」


 それに勝ち気な二人なら、ストレートにそう言われると、二度と言わせないように守備もできるようになろうとするだろう。こういうのは技術も重要だけど、意識一つでもガラリと変わったりするものだ。


「ただ、守備で頑張りすぎて攻撃が一本調子になるってのは……。辛いところだな」


 俺にも経験がある。

 守備に走って疲れ、足が鉛のように重くなると、途端にプレーの選択肢が狭まってしまう。そして同じ間違いを繰り返すんだ。

 結衣は明らかに疲れている。

 チサが下がろうとしたのは、それに気付いて――ということもあるだろう。今日の調子が悪いのかもしれないが、結衣はスタミナの面で少々問題がありそうだ。そういうのは遺伝的要因も大きいが……。彼女の場合、生まれが特殊だ。遺伝を理由にしたくはないのかもしれない。


「――ん? でも結衣と相性良いのって、あくまでチサだよな」

「どうしたの?」

「いや、なんで呼吸の合うチサにボールを集めないのかな、と思って。果林は自分のタイミングで動き出すタイプだから、パスの出し手がタイミングを測らないといけないだろ? 逆にチサはパスの出し手に合わせるから、疲れてるなら尚更チサに……」


 ひょっとして、この『通らないパス』には意味があるのか……?


 手に持ったストップウォッチは、後半が開始して二十五分が経過したことを示していた。

 試合終了まで、あと五分。

 同点の状況だ。次のゴールが勝敗を決する可能性は、高い。

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