第5話 練習試合、後半!②
心乃美が持ち前の身体能力と勇気でクリアしたボールを、奏が冷静に拾って、すぐに結衣へ渡す。
そこから最前線の果林へ向けて、勢いのあるスルーパス(相手選手の間を抜いて、裏のスペースへ走り込む味方選手へ向けたパス)が放たれる。『行きなさい』というメッセージのこもった最高のパスだ。
「よっしゃあ!」
俺は思わず拳を握って叫んだ。結衣のパスセンスは見事なものがある。ピッチの縦方向に長いスルーパスが通って、完璧なカウンターの形になった。
前半はカウンターを捨てさせたが、後半は積極的にカウンターを狙うよう指示している。そのために、一枝果林を疲労のない状態で投入したんだ。
このまま果林が直進すればゴールキーパーの柳とは一対一。いくら柳と言えど一対一なら防げない可能性は十分にある。
――――そんなことを頭に描いた瞬間、パスに追いつこうと走った果林に、柳が正面から滑り込み、スライディングでボールを奪ってしまった。
荒っぽいプレーを避けきれず、果林はボールごと足まで払われて、走った勢いのまま大きく吹き飛びグラウンドを転がった。
……笛は鳴らない。雑でラフで危険ではある。しかし最初にボールへ触れたスライディングは、原則ファールにならないんだ。
そのまま柳がパスを出して、再び女子チームは攻め込まれてしまう。
一方、果林は…………。むくりと立ち上がって、ゆっくり走り始めた。
どこも痛めていなければいいけれど……。
「ユイのパスと、カリンのラン、タイミングばっちりだったね」
「ん……、ああ、そうだな」
ソフィはあまり驚いていない。
こいつはトップチームの――プロ対プロの激しいプレーを見て育っているからな……。今のはU15世代のサッカーとしては相当厳しいプレーなんだが。正直、男同士でも勘弁してほしいぐらいだ。
それを一年生の女子選手がやられたのだから、相当なショックを受けていても不思議ではない。
「ユイだって疲れる。疲れたらパスが遅れる。そうするとカリンとタイミングが合うかもしれない。――昨日、ケイタが言った通り! ……でも、カリンはちょっと心配……大丈夫かな」
驚きはしないが、心配にはなる――か。
柳のプレースタイルは、ゴールキーパーとして超攻撃的だ。
一切躊躇せずにペナルティエリアの外へ出て、手の使えないフィールドプレイヤーに成り代わって足で相手のチャンスを潰してしまう。
ゴールキーパーというのはチェスで言えばキング。将棋なら王将だ。こいつをどうにかすれば勝負は決まるのだから、全ての攻撃は相手のゴールキーパーを崩すためにあると言っていい。
そうすればあとは、余程の例外(キーパーより更に後ろで守っている相手選手がいたとか)を除いて、枠内に打ったシュートは全てゴールに繋がる。
そのキングや王将が危険を顧みず、こちらの駒を攻めて奪いにくる――。
確かに十人のフィールドプレイヤーを十一に増やすことができるというのは、近代的なゴールキーパーに多いスタイルではある。でも、簡単なことじゃない。
今の戦況は、男子チームが最終ライン(守備の最後尾の列)を押し上げてパワープレーを仕掛け、女子チームはその攻撃をなんとか凌いで男子チームの最終ライン裏(後方)を狙ってカウンターを仕掛ける――というものだ。
そのカウンターには、さっき結衣が見せた縦に長いスルーパスが最適で、この展開になると果林の走力とゴールを奪うシュートセンスが完全に活かされる。
――――さっきの形は、個人の力とチームの連携が組み合わさった理想の形だった。
それを、柳一人に潰された。
「残り二十分か……。一点差を逃げ切るには苦しいな」
いっそ割り切って前を果林だけにして、チサのポジションも下げさせるか……?
いや、下手に守りに入れば、相手の勢いに一気に飲み込まれるかもしれない。そもそもチサの身長じゃ、パワープレーへの対抗としてはあまり意味を成さないわけで。
……悩んでいる間にも試合は進み、女子チームのピンチが続く。
「くそ……っ」
もし俺が……俺があのピッチの中にいたら、もっと色んなことが出来るのに。
慣れていないせいか、自分が出場したらどうなるか、どうできるか、そんな風にも考えてしまう。
そして、むず痒いぐらいに、もどかしい。
「啓太、試合に入りたいか?」
そんな感情が読まれたのか、親父は唐突に問いを投げかけてきた。
――例えば、味方がボールを奪ったあとにパスを受けて、前線の状況が整うまであえてボールをキープして前半に近いサッカーを展開する。攻撃は最大の防御であり、こちらがいつでもゴールを狙える状況では柳だってゴールに張り付いているしかないだろう。
もしくは結衣よりも正確で『いやらしい』パスを果林へ届けて、柳の超攻撃なプレースタイルの穴をつく。
柳さえ躱してしまえば、あとは無人のゴールに向かってボールを運んで、流し込むだけだ。
――もう、サッカーを辞めたいなんていう気持ちは消えた。庭でチサと対戦して以来、心の中のサッカー熱はどんどん温度を上げている。
「ここ最近は無茶もしていないし、靭帯の回復は順調なのだろう。これはただの練習試合。選手達の数人はお前に対して憧れを抱いているし、間近でプレーを見せてくれるなら指導者として願ってもないことだ。先に一学年上を使う禁じ手を使ったのは、こちらでもある。親として、監督として、お前が入りたいのなら認めてやるぞ」
願ってもない申し出だ。俺が入れば必ず戦況は変わる。変えてみせる。
――だけど、ただの練習試合だって?
「悪いけど、こっちは本気の試合をやってるんだ。女子チームの尊厳を賭けた試合に、俺が入るわけないだろ」
「キャプテンである柳を出して、こちらはすでに本気になっている。目的はほとんど達しているだろう」
「あいつらはほとんどで満足できる奴らじゃない」
「女子選手に交ざるのは気が引けるか? それこそ男女の違いを肯定しているようなものだ」
「――違う。俺があいつらの………………コーチだからだ!」
フィールドで起こった問題を解決するのは選手の仕事。しかし解決へ導くのは指導者の仕事だ。
「そうやって動揺させようとしたって、無駄だよ」
俺は彼女たちの力を限界まで引き出して、戦える状況を作り出す。そのことだけに集中しなければならない。
――和歌や真奈の苦しそうな表情を見ればわかる。彼女たちは同級生の男子選手たった一人に打ち負かされそうになっているんだ。女子チームの尊厳を賭した試合は、まだ終わってなんかいない。




