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第2話 ハーフタイム① 禁じ手と本気

 前半を終えて選手が戻ってきたが、疲労は誰の目にも明らかだった。

 戦術としては、攻め急ぐよりもボールをじっくり回して体力を温存した。

 サッカーの格言に『ボールは疲れない』というものがあり、それを実行した形だ。

 それでも相手は――三年生抜きと言えど――男子チームだ。基礎的な体力で向こうに分があるだろう。

 特にウイングフォワードで攻守に上下動を繰り返した多々良(たたら)(はる)伊計(いけい)(しお)は、すでに喋る体力すら惜しんでいるように見える。

 二人ほどではないが、ボールをゆっくり回して奪われることなく攻める――――などと難しい注文を付けて負担をかけている結衣ゆいとチサも、かなりの汗を滲ませていた。

 彼女たちは最大の武器であると共にチームの心臓でもある。ボールが血液のように巡るためのポンプ装置――と言ったところだ。簡単な仕事じゃない。

 他方、同じく中盤ながら守備に徹する釘屋くぎやかなでは、案外というか何というか。……そういえばこいつの疲れているところを、ほとんど見たことがないな。今もいつも通りの無表情で低血圧っぽい感じだ。

 ある意味、いつも疲れているように見えているとも言える。

 とはいえ守備に一番走った選手は他でもない奏なわけで、疲れはあるはずなんだが……。こいつの疲労具合、判りづらいな。いきなりガス欠なんてことにならないか、ちょっと心配だ。


「前半は無失点。点も二つ奪えた。まずは合格点だろう」


 俺は選手一人一人の様子を伺いながら、ジェスチャーを交えて言葉を発する。

 …………そう。合格点の筈だ。

 前半での二点リードは予定通りかそれ以上と言える。上々の出来だ。

 なのに――、勝っている気がしない。


真奈(まな)、大丈夫か?」


 一番の懸案(けんあん)事項は、キャプテンにして守備のとりで守内もりうち真奈の体力をしつこく削られたことだ。

 途中から奏の真上にボールを上げられて、彼女は背の低い奏に代わって何度も前へ走り出て空中戦を挑み、跳ね返し続けた。

 ――『サッカーはマラソンじゃない』。

 いつかの俺は、そんな言葉を彼女達へ伝えた。重力に逆らった全力のジャンプというのは酷く体力を消耗する。この消耗は走行距離では測れない。

 恐らくこれは、後半への布石(ふせき)だろう。相手の立場からすれば、守備の要を疲れさせてしまえば崩すのが容易になる。


「お兄ちゃん、後半は私が……」


 その真奈とコンビを組む心乃美このみが、後半の空中戦を買って出ようとする。

 相手は二年生までの男子。三年生ほど全体の身長は高くないし、前半に出ていた前線の選手に特別背の高い選手はいなかった。

 実際のところ心乃美は身長がそこそこ。身体能力は抜群に高く、ジャンプ力も瞬発力もある。競り勝てる可能性は十分にあるだろう。

 ――前半と同じ相手、なら。

 俺は男子チームの動向に目をやる。

 レポロはこれまで三回、全国大会を経験している。その全てが小学生チームではあるけれど、親父の監督としての力量は疑いようがない。『チームを勝たせて、選手に自信を持たせる』――そんなことも昔、言っていたことがある。

 見るとやはり、背の高い選手を一人、呼び寄せている。

 そして二人目を呼んだ。こいつは相当デカい…………デカ…………デカすぎ――、


「って、ちょっと待て親父!! それは反則だろ!?」


 二人目に呼ばれたのは三年生、キャプテンのやなぎ京平きょうへいだ。


「三年は抜きじゃなかったのかよ!」

「誰がそんなことを約束した? 三年は出ないだろう、とは言ったが」


 だろう、って。

 いや、その可能性も考えてはいた。考えてはいたけれど、まさかキャプテンを女子チームとの練習試合に投入するとは思わないだろ。


「おい柳! お前、本気で出る気か!?」


 一度『こう』と決めた親父を説得するのは無理だ。だから柳に問う。


「本気ですよ。目の前でチームが負けそうになっている。勝つためなら、俺は何でもします」

「ちょ――」


 俺が更に問い詰めようとした瞬間、上着の裾を誰かに引っ張られた。振り向くと、結衣が真剣な目つきで立っている。


「余計なことしないでくれる? 男子チームが本気を出すなら、願ってもないことだわ」


 ――女子を相手に、本気になれない。

 ――可哀想。

 そんな言葉がこの試合の発端だったことを、俺はただ勝利を掴もうとするあまり忘れかけていた。

 結衣の言葉が正しいんだ。

 彼らがキャプテンを投入するほど本気を出すというのは、女子チームにとって最初の目標をクリアした証だと言えるのだから。


「…………悪い。止めてくれて、ありがとな」


 しかし勝利を目指すならば、柳が投入されるというのはとんでもなくマズい。

 とりあえずゴールキーパーということになってはいるものの、二点のリードを許している今なら恐らく、ゴールキーパーではなくフォワードとして前線に投入されるだろう。

 あの圧倒的な上背に浮き球のパスをポーンと放り込まれれば空中戦での勝ち目がない。

 上を通るボールに触れられるのは、上がる瞬間と落ちてくる瞬間だけ。途中でパスカットされる可能性を全部すっ飛ばして、それでいて必ず勝てる勝負に持ち込めるってのは、理不尽極まりないことだ。

 しかし、それが許されているのがサッカーだとも言える。俺は上背がないから何度も強引にねじ伏せられてきた。

 これから彼女たちは物理的に不公平な戦いを挑まれ、俺と同じ思いを抱えることになるのかもしれない。少なくとも、男子チームに挑む意味を知ることにはなってしまうだろう。

 とは言え、この戦いは最初からそういうものだ。彼女たちが挑む壁は元より高い。

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