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第1話 練習試合、前半!

 選手達がフィールド上でそれぞれの持ち場(ポジション)につき、試合が始まる直前――。

 緊張しながら試合開始の笛を待つ俺のところへ、監督――親父――がやってきた。隣には、やたら大きな選手がいる。

 男子チームの先発選手も全員、フィールドに散って持ち場についている。だから彼は先発ではないだろう――が、それ以前に。


やなぎ――。なんでキャプテンのお前がここにいるんだ? 三年生は参加しないんだろ」

「試合見るのも、練習ですから」


 柳京平(きょうへい)。俺が出場した(アンダー)12の全国大会で、彼は五年生にして飛び級でその試合に参加していた。つまるところ見知った仲の後輩だ。

 当時から一学年下には見えない体格だったけれど、今では俺より十センチ以上背が高く、胸板も分厚い。そしてその頃とはポジションを変えて、混成チームの背番号1を背負いゴールキーパーを務めている。


「啓太、なぜ一枝いちえだ果林かりんを外した?」


 親父の顔つきが普段と違う。厳しい目をして、声のトーンも低い。

 敵対しているからそう感じるだけ、か――?


「相手監督に教えるわけがない」

「……そりゃそうか」


 言うと、普段の顔つきに戻る。

 さっきの表情は、ちょっとした威嚇いかくだったのかもしれない。これはある意味、俺と親父との戦いでもある――。


    ●


 試合開始の笛が吹かれると、女子チーム優勢でボール回しが始まった。

 最初のチャンスは、チサがボールを持ったことで生まれる。

 由奈ゆなしおはるの前線三人が一気に中央へ入り込み相手守備を混乱させると、その中で一瞬フリーになった汐をチサは見逃さずにパスを出した。

 走りながらボールを受けた汐は、そのままワンタッチでシュートを放つ。

 結果、上手くボールをとらえられずに枠外――ゴールの外――へ飛んでしまったが、形としてはいい。よく動けている。

 相手ボールになると結衣ゆいとチサが守備に回り、お互いのバランスを見ながらどちらかが積極的にボールを狩り(奪い)に行く。

 片方が狩りに出れば、片方は下がる、といった具合だ。この形なら二人の頭の良さと視野の広さを守備でも活かせる。

 まだ隣にいて動かない親父は、顎に手を当てて、やはりいつもより若干低い調子で問いかけてきた。


瀬崎せざき寺本てらもとがいてこその戦術か。……考えたものだな。しかし、混成チームの基本フォーメーションは4―4―2。この戦い方では付け焼き刃になるんじゃないのか?」

「――いや、戦術のきもになるのは、結衣とチサだけじゃない」


 俺が言った直後、ボールを狩りに行ったチサが失敗して、(かわ)されてしまう。結衣とチサは攻撃に関しては天才的だけど、守備ではそうじゃない。

 だがこのチャレンジは相手の攻撃を遅らせる意味を持つ。躱されたら失敗――というわけでもない。事実、男子チームの選手は反撃のチャンスにも(かか)わらずパスを出せずに、不要な時間をかけてしまった。


「……なるほど。釘屋(くぎや)(かなで)のアンカーか」


 アンカーは『守備に徹する中盤』の選手を指す。4―1―2―3の1の部分だ。

 各選手のポジションを俯瞰ふかんする――上空から見る――と、こうなる。



挿絵(By みてみん)



 ザックリと分ければ手島和歌を除く十人のフィールドプレイヤーを、守備から順に二列単位で区切って『4-3-3』となるのだが、真ん中の3にアンカーと呼ばれる選手がいる場合には中盤の役割が分離するため、『4-1-2-3』という表現を使うことがある。

 奏は足が速く、どこにパスを出されるとチームが困った事態におちいるか、そしてボールを持つ相手選手がどこへパスを出したいかを予測する『先読み』に長けている。

 そうして相手が第一選択肢を失い次の一手に迷っている間に、結衣とチサどちらか片方(今のシーンでは結衣)と両サイドの選手がポジションを下げて守備を固める。

 するとさっきまで4―1―2―3だったフォーメーションがギュッとコンパクトになり、4―1-4―1の形に変わる。



挿絵(By みてみん)



 単純に言えば、前線のウイングである伊計汐と多々良春が中盤の守備に加わった形だ。

 これなら慣れている4-4-2の守備と中盤、4-4の間に1を加えて、守備はより強固となる。


「守備をおろそかにする気はない。けれど、結衣とチサの攻撃力は横に並べたときに最大となると考えた。それで、この形になったんだ」


 中学生に難しいプレーをさせるには、時間がかかる。

 その上、これは初めての試合――。

 選手達からレポロの基本フォーメーションである4―4―2の戦い方を完全に抜き取ってしまうと、必ず混乱する。

 しかし、ただの4-4-2では、結衣とチサの攻撃力を最大限発揮することができない。

 そして彼女たちには体力と守備の問題がある。だから守り方の根本部分に関しては変えず、更に一人を『足した』。

 …………とは言え、試合中にフォーメーションを変えることそのものが非常に難易度が高い戦術となってしまう。

 最悪、フォーメーションを守備用に整える隙を突かれて、失点する。

 その隙を埋める『時間を生み出す』には、釘屋奏の存在がピタリと(はま)ると考えたんだ。

 親父はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「守備は4―4だけでなく、奏をプラスする。奪うとボールを保持しやすい4―1―2―3に切り替えて、瀬崎と寺本の攻撃力を前面に押し出す……というわけか。…………なるほど。お前は面白い監督になれそうだ」


 ……言葉で褒めてはいるけれど、淡々とした調子で感情がこもっていない。掛け値なしで受け取ると痛い目にうだろう。

 きっと親父は、フォーメーションを変えて戦う、別の欠点にも気付いている。

 まず相手(混成)チームは、慣れ親しんだ4―4―2の固定で戦っているわけで、戦術上の『不慣れ』という不利は確実にこちら側にある。

 加えてフォーメーションが試合中に変わるということは、ポジションの変更を迫られ、その分、選手の走行距離が増加してしまう。

 特にウイングの二人は前線と中盤二つの役割を担うことになり、確実に疲弊する。体力がないのに体力を多く必要とする戦術を使っているということだ。

 そして疲労は肉体面の体力だけでなく、思考面の体力も奪っていく。

 中学生の試合時間は前半三十分、後半三十分の計六十分で、プロの九十分に比べれば三十分も短い。

 だがそれは、選手の体力を勘案してのこと。まだ未発達な体力では、前半の三十分だけでも長く感じるんだ。


 ――そこで俺は彼女たちに、「素早い反撃(カウンター)を捨てろ」と伝えた。

 カウンターは人数を使って攻めてきた相手からボールを奪って、すぐに攻撃することで隙を突く有効な戦術――。

 最もオーソドックスなカウンター戦術は、人数をかけた守備で自陣を守り、足の速い選手を前線に残して速攻で点を奪うというものだろう。

 テクニックを必要とするシーンが少ないそれは、時に『弱者戦術』と呼ばれることもある。

 しかし女子チームは、体力で劣る代わりに、結衣とチサという天才を抱えている。彼女たちはテクニックとセンスに限れば男子に負けない――いや、勝てるだろう。

 だからこの二人にボールを集めて、時間をかけてじっくり攻める。

 素早い反撃(カウンター)を捨てて急がないことで、体力の消耗も抑えることができる。

 言わばこれは『強者戦術(・・・・)』だ。


 前半十七分、ウイングの由奈が放ったシュートが相手ディフェンダーに当たり、転がったボールを結衣が冷静に押し込んで先制。

 更に四分後、チサがドリブルでペナルティエリア(相手ゴール前)へ侵入すると、汐へ見事なパスを送り、ボールに軽く触れるようにワンタッチでシュートを打った汐がゴールネットを揺らした。

 守備では奏が相手のパスコースを消し、ドリブル突破を謀られると奪えずともしっかり味方選手と挟み込んで数的優位の状況を作り、確実にボールを奪う。

 だが高い『浮き球のパス』を蹴られると、体躯の小さな奏では空中戦ができない。そこで上背のある守内真奈が一気に前へ出て、代わりに競り合う。

 こういう組織的な守備戦術は、準備期間の短さもあって多少(つたな)くはあるが、それでも練習の通りにできている――。

 つまり、相手の攻撃が想定の範囲内ということだ。


 サッカーは前半と後半に分かれるスポーツ。

 試合に起承転結がある、とも言う。

 まずは、女子チーム(こちら)が先に一手を打ち、試合を有利に進めた。

 先に手の内を明かしたわけだけど、その代償として二点を得たわけだ。上出来と言える。


 ハーフタイム(前後半の間の休憩)で、混成チームは作戦や選手を変えてくるだろう。

 ――――こちらの一手を覆す次の一手を、必ず打ってくる。

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