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第11話 親子②

 女子チームを任せた理由を問われた親父は、僅かに考える素振りを見せて、すぐに冷静な調子で答えた。


「違う視点を持つことは成長に繋がるだろう――って、言ったよな」

「それは聞いたけど。もっと別の意味がある気がしたんだ」


 コーチをやりはじめて同じ場所にいる時間が増えても、親子二人きりという状況は案外少ない。だから今訊けることは、今訊くべきだと思った。

 俺は親父を信用している。そして今日、ソフィと同じように――。いやそれ以上に、親父は俺を止められる立場にあった。それでも親父は、止めなかった。

 そこに意味や意図があるのではないか。そんな気がしてならないんだ。


「……父さんな、もし今の経験を持ったまま昔に戻れるなら、お前にサッカーのことをあれこれ叩き込むような真似はしなかったと思うんだ。失敗した(・・・・)と思っている」

「――――え?」


 意外すぎる言葉に俺は一音で返すのが精一杯だった。そりゃ、昔とは何か違うな……とは思っていたけれど、それにしたって過去のことを今みたいに否定する人じゃなかった。第一、失敗って――――。


「啓太はしっかり期待に応えてくれた。練習熱心で、本当に使える時間の全てをサッカーに費やして、それで不満の一つも言わなかった。才能だって――親の贔屓目なしに、あると思っている」

「じゃあ叩き込んでくれて良かったじゃないか。実際に俺は、そうして留学までしたんだ。それは親父が俺のことを信用してくれていたから――」

「信用なんて、していなかった」

「…………して、なかった?」


 親父が放った言葉に、俺は耳を疑った。

 誰よりも俺のことを信用してくれていると思っていた、親父と、母さん。

 母さんはもう死んでしまったけれど、天国でもまだ、俺のことを信じて見守ってくれていると思っている。


「お前の才能を信じていなかったから、必要だと思う全てを叩き込んだんだ。お前が困らないために。――だが、それでは限界がある。このままではお前は、『父さんが思い描く理想の選手』にしかなれない」

「それでいい! 俺はそうなりたいんだ!」


 憤りなのか何なのか解らない感情を抱えて、勢いだけで起き上がる。

 ――幼少から俺は、コーチ、そして監督の息子として育った。監督の思い描く最高の選手の座を、誰かに奪われたくなんてなかったんだ。だから自分が一番でいる『必要』があった。そのためなら他の全てを犠牲にしても構わない覚悟も持っていた。それが間違いだなんて一度も思ったことはない。


「アカデミーからは定期的に練習風景の動画が送られてきていた。そこでお前が壁にぶち当たっていることも知れた。しかしその壁を乗り越える方法を、父さんは知らない。教えられない」

「……確かに、壁にぶち当たったのは事実だよ。でも、それでもすぐに帰国させられないぐらいには…………少しかもしれないけれど通用したのは、親父が俺に教えてくれたからで――」


 言葉の壁。人種の壁。成長の差。俺程度のテクニックを持った選手なんて世界中に幾らでもいるという現実。荒っぽい試合。壁は幾重にも連なっていて、簡単には越えられない。でも、アカデミーなんて見込みがないとわかれば辞めさせられるだけだ。つまるところ俺は、壁に阻まれながらも辞めさせられるほど酷い選手でもない――という程度には評価してもらえた。


「父さんが驚いたのはそこからだ。母さんが死んで、心乃美が毎日泣いて、父さんだってどうして良いかわからなくなっていた頃、地球のほとんど裏側で戦うお前だけが前を向いていた。……その精神力は俺が理想とする選手よりずっと優れている。――そう、思い知らされたよ」


 ……母さんが死んで、俺は告別式にだけ駆けつけた。

 心乃美と親父は憔悴していて、俺だって冷静じゃなかった。でも……。


「告別式で一瞬、母さんの声が聞こえた気がしたんだ。『信じてる』――って」


 言うと、親父は「……そうか」と口にして少しの間、下を向いて黙った。この話をしたことは一度もなかったから、受け止めるのに時間がかかったのかもしれないし、もしかしたら母さんのことを思いだしていたのかもしれない。

 数秒経って、ようやく二の句を継ぐ。


「きっと母さんは、父さんよりも啓太のことを信用していたんだろう。啓太ならサッカーだけじゃなく、どんな道でも進んでいける――と。……でも父さんは、違う。サッカーだけの道を、半ば強引にでも歩ませようとした」


 ――今まで、親父は、母さんの死に目に俺を会わせられなかったことや怪我、オーバートレーニングについて後悔しているのだとばかり思っていた。

 でも、それだけじゃない。

 俺と同じように――。いや、ひょっとすると俺よりずっと強く、壁にぶち当たっていたのかもしれない。親として、指導者として……。


「啓太がいなくても、女子チームを立ち上げる準備は進めていた。例えコーチが一人も協力できなかったとしても、父さんは管理者だから残業も休日出勤もいくらでもできるからな」


 この言葉には説得力がある。多分、昔の親父ならそうしただろう。

 他に頼める人がいない――なんて言って俺を説得しにかかってきたけれど、親父は一度決めたら多少の無理を通してでも……。例え最初は一人でもやりはじめて、確実に実績を作り、徐々に認められて仲間を作っていく。

 それが俺の知る、無茶で無謀で無計画ではた迷惑で、でも一番格好いい、親父の戦い方だ。


「女子チームには才能溢れる選手がいる。特に瀬崎(せざき)結衣(ゆい)寺本(てらもと)千智(ちさと)は……。小学六年生の時点ではチームを引っ張って全国大会へ出場した選手だ。お前と、同じように」


 ……小学六年の頃、(アンダー)12チームの主力として戦った俺は、FCレポロ史上はじめての全国大会出場を果たした。

 全国大会だって、惜しくも優勝は叶わなかったものの、しっかり戦うことができた。その後すぐに留学したから下の世代がどうなったかは知らなかったけれど……。


「そんな彼女たちに父さんが教え続けることが、本当にためになるのか。悩んでいる間に瀬崎が中学一年生でいる時間が、終わろうとしていたんだ」

「それで、慌てて……?」

「立ち上げるか悩んでいる最中、お前が怪我をして、一年ほど日本へ帰ってくると知った。――同時に寺本千智がレポロを離れたくないと言っていることも伝わってきた。この三人を引き合わせたら、一体どうなる? 父さんの手を離れた啓太が二人に教えるとしたら、なにをどう教える? そこから啓太は、なにを学び取る? 三人だけじゃない。心乃美や他の選手へは、どんな影響が出る? ――ただそれが見たくなって、お前に任せたいと思ったんだ」


 だから今日のことも止めなかった――ということか。


「……まあ、ソフィが日本に来て、お前と一緒にコーチをやると言ってくれたことは幸運だった。これで父さんはより遠くから見守ることができるようになったからな。そして家に千智がいることで、心乃美を一人にすることもなくなった。――――偶然にしてはできすぎているが、きっと、そういう『神様の巡り合わせ』があったんだろう」


 ……実際のところ、俺は既に、女子チームから刺激を受けている。

 休養とトレーニングを繰り返しながら自信と不安に挟まれて、自問自答を繰り広げながら鬱々と過ごす――。そんな生活を送るよりも遙かに大きく良質な刺激だろう。

 新しい世界を垣間見ている。そんな気分だ。

 ――――無機質な天井を見上げて、考える。次いで、彼女達に俺の基準を押し付けていないか――。さっきソフィに言った言葉を頭の中でリピートさせた。

 心配、不安、期待、もどかしさ。

 俺は女子チームに対して、間違いなく一言では言い表せない、様々な感情を抱いている。親父の言っている言葉の意味も、少し前ならわからなかったかもしれないけれど、今なら実感としてわかる。彼女たちの成長を見てみたい。そして……負けたくない。


「……焦るなよ、啓太。まだ四月だ」

「わかってる」


 それからしばらく黙っていると、スマートフォンに心乃美からのメッセージが届いた。

 黒煙を上げるフライパンの前でチサが困り果て、なぜか心乃美は楽しそうにカメラへ向かって笑顔を作っている。

「どんな状況だよ」と一言呟いてから、親父に「早く帰ろう、二人が心配だ」と告げた。

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