第8話 チンチン
三対一の状況で、俺はゴールに向かってゆっくりドリブルを開始する。彼女たちは守備のセオリー通りに、三人で囲んでくる。
トライアングルを作って囲いこむことで逃げ場を消すのは正解だ。この辺りは、よく訓練されていると言えるだろう。
しかしそんなセオリーはこっちとしても想定内で、俺は囲んでくる三人の合間――まずは一枝果林と釘屋奏の間を狙って一点突破した。
「なっ――」
「速いの!」
突破したところを、
「行かせるか!」
守備の要、守内真奈に狙われる。――が、これも想定内。ダブルタッチ(左右の足でボールを持ち替えて抜くシンプルなドリブル技)一発でかわして無人のゴールへシュート。想像以上にあっさり終わった。
すぐに次のボールがソフィの手によって転がされて、俺は足元に収める。すると今度は最初に守内真奈が突っ込んできた。簡単に躱されてちょっと熱くなってるな。
俺は彼女たちの欠点を一つ一つ洗い出して、強く指摘する。
「真奈は自分が抜かれる意味を考えろ! お前より守備の上手い奴は、このチームにいないんだぞ!」
身体を動かすと声が大きく出る。久しぶりの感覚だ。
これまでの練習を見ていると、彼女は釣られやすい相方、心乃美のカバー(フォロー)に奔走する場面が目立っていた。うちの妹は勘を働かせた素早い危機察知能力を見せる一方、迷うこと無くそこを防ぎに向かうから勘が外れていたり個人として躱されてしまうと後ろのカバーが必要だ。
だから、ここでも味方が突破されることを察知した瞬間にカバーへ回るだろうと読めた。そして次は順序を変えて油断を突こうとしてきたわけだが、そこに関しては判断が軽いと言わざるを得ない。
背中を向けて守内真奈からボールを守り、視界にさっきまとめて抜き去った二人を収める。
「果林は突っ掛かりすぎだ! 奏は距離を置きすぎて寄せが甘い!」
一枝果林に守備の戦術はない。ただ突っ込んでくるのみ。邪魔にはなるけど、これではただの動く棒である。一方で釘屋奏は『常に抜かれることを想定して守備に入る』。抜かれても食らいつけるのはいいけど、今は数的有利の状況だ。味方と協力して一発で奪い取るという勢いもほしい。
すぐにその二人の横をすり抜けると、身体の向きをくるりと変えて、がら空きのゴールへボールを蹴り込んだ。
こんなことを繰り返すうちに、十分、二十分――と、時間が過ぎていく。
「はあっ――はっ――はぁ――っ!」
ボールキープとは体力を使うもので、すぐに足が重くなってしまう。その上、切り返す度に身体へ負荷がかかり、以前とはコンディションが違うんだと嫌でも痛感させられる。
「やった!」
「くそ……。やられた」
ここまでクリアしたのは、守内真奈、釘屋奏、そして今ボールを奪った寺本千智――。
チサの場合は金曜に何度も対戦したせいで、動きを読まれている感がある。それほど守備が上手いわけではないと思うのだけど、さすがに多勢に無勢がすぎる。
「次、私が入るわ」
「…………お前は見学しとけって言っただろ」
終盤で名乗りを上げたのは、見学するはずの瀬崎結衣だ。
「いつの間にかお前呼ばわりになっているのが、気にくわないけれど――。十代の回復力を舐めないでくれる? もう回復したわ」
「俺も十代っつうか、ど真ん中だっての……」
全く、確かに中学生の回復力はとんでもないものがある。
ついさっき二十メートルダッシュ百五十本、単純計算で三キロメートルものダッシュを敢行したとは思えない動きでボールを奪いに来るんだから、見上げたもんだ。膝から下、ぷるっぷるだったくせに。
三十分が経過すると、ソフィが笛を吹いて終わりを告げた。
もう無理。ちょっと後悔してる。すんごい後悔してる。吐きそう。おぅ……っぷ。
「結果を発表するよ!」
…………元気そうだなあ、ソフィ。
「クリアしたのは守内真奈、釘屋奏、寺本千智、久瑠沢心乃美。以上四名! それに対してケイタの得点、三十!」
「丁度、一分に一点のペース――。屈辱以外の何物でもないわね」
少し離れたところから瀬崎結衣の声が聞こえた。
最初の威勢は良かったもののさすがに回復しきれていなかったのか、彼女はすぐに疲れてしまいいつもの動きではなくなってしまった。
でも負けをコンディションの所為にせず屈辱だと言ってくれた。そのメンタルは競技向きだ。それに、屈辱を感じてもらえるぐらいでないと体を張ってまで頑張った甲斐がない。
そして欠点は更にハッキリした。外から見るのと実際に対戦してみるのとでは、全く感覚が違う。……このままでは、彼女たちが練習試合で勝つことは難しいだろう。
「お前ら、勝つ気なんだろ?」
無理をして、なんとか倒れずにしっかり地面に足を踏ん張り、問いかける。
厳しい調子になってしまうが、彼女たちはたった今、俺に差を見せ付けられてチンチンにされるショックを受けたばかりだ。本気で心を折っていなければいいが……と心配になる。
だが、それでも彼女たちはしっかり頷いて見せた。
――――メンタルの強さは、男子顔負けだな。
だからこそ俺は強がって弱みを見せず、全然疲れていないかのように振舞って堂々と言い放つ。
「だが、このままじゃだめだ。今のままじゃチンチンにされるぞ!」
反論する選手は、いなかった。そのために力の差を見せ付けたわけだから、為て遣ったりである。
「俺はまだ、続けてもいいが…………」
先に終えた四人を除いた八人は、代わる代わるとはいえ三十分の間に何度も何度も体をぶつけてきた。体格の違う相手に体をぶつけると常に出力を百パーセントに近くする必要があり、とんでもなく疲労する。
更に俺は、彼女たちが守備に追われて動き回るように、しつこいぐらい誘導した。台風の中心が俺だとすれば彼女たちはその周りをぐるぐる走り回った風だ。ボールを奪うために沢山走らせた。疲れないはずはなく、実際、目に見えて息が切れている。
しかし俺はこうして、なんとか強がれている。
これが『差』だ。
もう嫌というほど理解できたのだろう。再び挑んでくる選手はいなかった。
――彼女たちの弱点はズバリ、体力と守備の脆さにある。
基礎体力がないから体を当てられても軽く、圧を感じない。だからボールをキープしていても俺は奪われる怖さをほとんど感じなかった。――するとさっきのように、簡単に前を向かれてゴールを奪われることになる。
あと一歩足を伸ばしてきたら取られるという場面は何度もあったが、走らされた彼女たちはその足が肝心なところで前に出なかったんだ。
チーム全体の技術は高いけれど、体力と守備の上手さを併せ持っているのは、ほんの一握りだけ。
誘導され、あまつさえ振り回される守備に、軽い力と少ない体力。――俺一人にチンチンにされた彼女たちが今の練習のままいきなり試合をして、勝てるようには思えない。
「なんだ、もうバテたのか?」
彼女たちを煽り、闘争心を焚き付ける。それから俺は基礎体力と筋力トレーニングの重要性について、彼女たちが引くほどの熱弁を振るった。




