第5話 一度切れた糸を繋ぐことは難しい
まずは血液から異常値が出ないかを調べられる。
例えば貧血などがあれば、オーバートレーニングと似た症状を引き起こすからだ。内臓疾患という可能性もある。
血液検査のあと、結衣には数日の間、心電図が付けられることになった。一時的な検査で使うものとは違って、バッテリー式で持ち運びが可能なタイプだ。
「はい、お腹出すわよ」
いつも番号で待合室の患者を呼ぶ女性看護師さんが淡々とした調子で言って、結衣の服がめくられる。
当然、俺が見ていいはずもなく、カーテン越しなわけだが。
「あらっ、凄いカラダしてるわねーっ」
「いえ、別に……」
否定したところで、
「啓太くーん、あなたの彼女、凄いウエストしてるわよー。って、彼女なら知ってるか」
なんて言ったものだから、カーテン越しに「「違いますから!!」」と声を揃えてしまった。
「冗談よ。ふふっ、若いって良いわぁー」
淡々とした調子からいきなり冗談に切り替えないでもらいたい。本気だと思っちゃうから。
んっ、と小さく結衣の声が聞こえた後、心電図のピッ――ピッ――という独特のリズムが奏でられる。
ピッ――ピッ――ピッ、ピッ、ピッピッピッピッピッピッピッピ…………早くね?
「うふふ。心電図って正直よねぇ」
結衣は何も言わなかった。これ、なんていうプレイですか?
更に心理士による心理検査。俺は待合室でひたすら待つ。
「なんで連れてこられたんだろ……」
わかるような、わからないような。
でも、ましろ先生が言うように結衣が孤独なのだとしたら、一人ではなく俺を連れてきたことはきっと良いことなのだろう。
チサに内緒ってのは、安静にしているチサに余計な情報を伝えたくないからだとハッキリわかる。
ずーっとただただ待ち続けて、ようやく検査をしている部屋から結衣が出てくると、若い女性心理士は眉を顰めて困ったような顔をしていた。
「あの……、結衣の状態、そんなに悪かったんですか?」
問うと、話して良いことなのかどうなのかと一瞬、結衣の目を見る。すると結衣も不思議そうに首を傾げた。
「ええと…………。ここが精神科なら一時入院をオススメするレベル…………かな?」
かな? って。どんな心理状態ですかそれ、とは怖くて訊けなかった。
「結構いるのよね。酷い状態になるまで頑張っちゃう子」
心理士さんがため息混じりに呟く。
オーバートレーニング症候群で重要な要因となるのが精神症状で、俺の場合は帰国後しばらくカーテンを閉めた部屋に閉じこもっていた。
あの頃を振り返ってみると、確かに相当酷い精神状態ではあったわけで……。入院していたほうがマシだったような気も、多少はする。入院経験がないから、ハッキリとしたことまではわからないけれど。
スポーツをしていると心身共に健康でハツラツとしている印象を持たれることが多いが、現実は全く異なる。多分、普通の人よりもずっと病院とは密接な関係になるし、こうして精神を病んでしまうことだってあるんだ。
「あとは明日以降の検査になるからね。でも……彼氏も一緒なら、心強いよね」
「違います」
だから違うっての。……って、なんで俺だけ否定してるんだよ。結衣がこういう誤解に反応を示さないというのは、珍しい。
「結衣、大丈夫か?」
「――ええ。あ、いえ――ちょっと疲れた…………かしら」
「今日はここまでだから、帰ったらゆっくり休んでね」
「……はい」
病院というものは人間を健康にさせるための施設であるはずなのに、長くいるとやたらと疲れる。
オーバートレーニング症候群の診断は即日というわけにはいかない。だからきっと、これから先も散々疲れる羽目になるだろう。本当に病気だったら休まないといけないのに、検査でひたすら疲れるというのも、妙な話のように思える。
しかし、そこまでして診断する価値や意味があるわけだから、仕方のないことだとも感じる。
その日は一旦病院を後にした。
翌日――。
ムッキムキの筋肉に眼鏡の優男、筋肉魔神さんが検査担当になった。
「筋肉さんって検査もするんですね」
「一応、僕にも脳とか臓器はあるからね? 相対的に割合が低いだけで」
なにそれ。鳥みたい。
「あ、いや――。最近は筋肉を臓器と呼ぶこともあるし、脳だって鍛えることができる。そう考えれば全ては筋肉――ということ――? 啓太くん! 僕、凄いことに気付いちゃったよ!!」
「それを世間じゃ脳筋と呼ぶんですよ?」
この人に検査ができるのだろうか……。
結衣は安静時や運動後の呼吸量を測定して、そのすぐそばで、俺はどっぷり筋トレ漬けにされる。ちっくしょぉぉぉぉっ! 顔を白塗りにして叫びたい気分だ。
「はい、結衣ちゃんも啓太くんもお疲れさま。一旦休憩だよ。ドリンクは何にする?」
飲み~も~の~、だ~と~、思ぉ~った~ら~……プロテインでしたぁ~!! チックショォォォォォォッ!!
いやもう定番だから、わかってたけどね。慣れてるし。
「啓太くんはいつもの。結衣ちゃんは本当のジュースだから、安心してね」
チク(略)
結衣は「本当の……?」と怪訝な顔をしたが、俺に出されたプロテインジュース(チョコ味)を見て、「ああ……」と得心した様子を見せた。
ちなみにこのプロテイン、ガチで伊藤さん個人が購入したものをサービスとして振る舞っているらしい。タンパク質教団の布教活動かよ……。
ぐびっと一度飲み込んで味を確認。くぅーっ、マズい!! 四百ミリリットルぐらいあるけれど、これは息を止めて一気に飲むしかないな。
「美味しくないものを頑張って飲みこむ人の姿を見ながら飲むジュースって、一段と美味しく感じるわ」
……少しは元気出てきたじゃねえか。
「なんで笑顔なのよ」
「いいや。ただ――――、お前もここでリハビリすることになったら、毎回これだからな?」
結衣のエルフ耳がピクリと動いて、同時に表情が引き攣った。わかりやすい奴よのう。ぐびぐびぐび…………げふぅ。




