第3話 白い欠片
チサの手術が終わったのは夜の二十時頃だったけれど、それはあくまで全身麻酔から目を覚ます時間だ。
それより三十分以上早く、手術着にマスク姿の執刀医(ましろ先生)が出てきて、結果を伝えてくれた。
さすがに俺を相手にするのと保護者を相手にするのとでは、言葉遣いが違う。
「無事に終わりました。軟骨の剥離が複数あり、一部は除去、一部は生体吸収性のピンで固定してあります。明日から松葉杖での歩行を開始し、状況を見て足への加重を増やしていきます。退院後はより生活圏に近い私のクリニックへ通うこともできるのですが――。お父様は、遠方に住まわれているのですよね?」
「……ええ。私に転勤があって、娘はそこの――啓太くんの家に、預かってもらっています。サッカーを続けるために。……ですが、治るまでは自宅で、と」
それがいい。今の環境よりも自宅のほうが、チサは何にも気を遣うことなくゆっくり休めるはずだ。
しかし、ましろ先生は眉を顰める。
「それは千智さんを想っての判断ですか? それとも、お父様の希望ですか?」
――一瞬、先生が何を言っているのか、わからなかった。
チサのお父さんは難しい顔をして俯く。
「術前に、千智さんと少し会話をさせて頂きました。早く学校へ通いたいという希望もあり、リハビリにも前向きです。――何より千智さんは、怪我の痛みと手術の恐怖に耐えながら、心配してくれる人たちのことを想える、優しくて強い子です。そして……良い仲間にも囲まれています」
「…………わかっています。娘のことを想えば……」
「彼女はまだ幼いですから、決断するのはあくまで保護者です。完全な正解というものは無いでしょう。医師としては、千智さんが医療を受けることができる環境にあれば、他に言えることはありません」
言い終えると先生はマスクを外し、更に言を継いだ。
「――――しかし一個人の意見を言わせて頂くと、逆境にあって前を向く人間を過保護にするというのは、成長の機会を奪う可能性があります。専門医がこんなことを言うのは憚るべきかもしれませんが、大事なことは競技でのパフォーマンスよりも、長い人生を生きる強さです。退院まで時間はありますので、どうか慎重な判断をして頂けたらと願います」
言い終えると、今度は小さな袋を取り出した。中には透明の液体と、一センチ四方ぐらいの白い何かが入っている。
「千智さんの膝関節をロックしていた軟骨です。専門的には遊離骨軟骨片と言います」
「こんなものが、膝の中に挟まって……?」
「お持ち帰りになりますか?」
チサのお父さんはゆっくり頷いて、「ありがとうございます」と何秒も頭を下げ続けた。




