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ハードモードに疲れた天才落第生、のんびりコーチで成り上がる。【連載版】U15ガールズ!  作者: 本山葵
地方大会編7 『才能なんて、生きかた一つでいくらでも変わる』
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第1話 気遣いと不安

 包帯で巻いてあったチサの右膝が予想以上に()れていると気付いたのは、(ひよう)(しよう)(しき)を終えたあとだった。

 ()()コーチはバスの運転があるからチームを(はな)れられず、タクシーか救急車か、というところで(くら)(なみ)家のお母さんが「病院に連れて行くんだろ? 後ろに乗りな!」と言ってくれて車を出してくれた。

 病院にはあとで(かん)(とく)が来て、その足で帰る予定となり、倉並家――(なな)()()(なみ)――の両親には深々と頭を下げて礼を伝える。

 スタジアムDJの件と言い、二日間、とんでもなくお世話になった。


 近くに大規模な病院があったのは、幸いだったと言えるだろう。

 通常(しん)(りよう)は午前中のみの受付だったけれど、そこは多湖コーチが事前に(れん)(らく)済み。救急(かん)(じや)として受け付けてもらう。


寺本(てらもと)千智(ちさと)さんの、付き添いのかた――」


 それから三十分ほど待つと女性看護師に呼ばれて、俺とソフィ、結衣の三人で(しん)(さつ)(しつ)へ入った。

 家族が近くにいないという事情も、救急の連絡と(あわ)せて電話で伝えてある。

 入ると(しん)(さつ)用の細長いベッドにチサが横たわって、(かたわ)らに(ちよう)(はつ)の女医らしき姿があった。

 チサは右手の(こう)(てん)(てき)(つな)げていて、痛々しく見える。


「……ん? 君は……」


 ()()(げん)そうな女医の顔を見て「げっ――」と思わず声が()れる。


「ほう。主治医に会って『げっ』か。ほう……」

「あっ。いやその――――。ましろ先生が何故(なぜ)ここに?」


 常に不()(げん)そうな顔。

 きっと電子タバコ中毒で電子タバコを使わせてもらえないから、余計に機嫌が悪いのだろう。(まぐ)れもなく俺の主治医である。

 自分の(しん)(りよう)(じよ)はどうしたのだろうか。


「バイトだ」

「医者がバイトですか?」


 そういえば日曜は午前だけの診療で、午後はリハビリ()(せつ)しか使えなかったな。()(つう)に休みだと思っていたんだけど。


便(べん)()的にそう呼んでいるだけだ。こうして大病院に協力すると、大きな見返りがある」

「はぁ……。――って、それよりチサの状態は!?」

「敬語」

「……状態はどうなんですか?」


 (めん)(どう)くさい人だ。俺が悪いんだけれど。さっきも多湖コーチと似たようなやり取りをしたしなぁ……。


「心配ない。(ぞく)に言う『ネズミ』が(みぎ)(ひざ)にあるだけだ。しかし場所が悪い」

「ネズミですか……」


 ネズミというのは、骨や(なん)(こつ)が本来の場所から(はく)()してしまい、その(かけ)()が関節内で移動してしまう(しよう)(じよう)だ。

 それほど(めずら)しいことではなく、サッカーを(ふく)めスポーツをしていれば、しばしば聞く(ぞく)(しよう)だと思える。

 ただ、症状の重さは様々。

 ()(しよう)(じよう)で全く気付かない場合もあれば、関節が動かせないほど痛む場合もある。チサの場合は後者ということだろう。

 ましろ先生はデスクの上から(しつ)(かん)(せつ)の標本を取り出して、説明を加えてくれる。


「軟骨の一部分が剥離して、こういう形で間接の内側に(はい)()むわけだ。そうなれば関節はロックされて、動かない。骨と骨が直接ぶつかるのだから、激痛も(ともな)う。――だがしかるべき()(りよう)をすれば――、まあ、全治三週間から四週間と言ったところだろう」


 全治までの期間を聞いて、俺はホッとしていいのかわからずに、ただ()(だま)った。

 決して軽い()()ではない。

 それでも(なん)()(げつ)も時間がかかる怪我が(たく)(さん)ある中では、治療期間は短いほうだとも感じられる。


「今日中に手術を行う。そのまま三日の入院。しばらくは(まつ)()(づえ)だ」

「手術ですか!?」

「なぜ(おどろ)く? 普通、手術というものは予定が空くまで何日も待つものだ。むしろ早くできることを喜べ」

「いや、でも、今からって……。チサ――()(さと)の両親は、すぐに()けつけられないんです。不安とか、その――」

「優先順位を付けろ。手術まで続く痛み、動けない間に落ちる筋力、復帰までの期間、手術の(きよう)()。――今日手術をすれば、三週間後に歩ける。競技パフォーマンスへの(えい)(きよう)を最小限に(とど)めるなら、今日がベストだ。無論、私が(しつ)(とう)する」

「……そんなに(ひど)いんですか」

「君は、その(とし)でもう物覚えが悪くなっているのか? 心配ないと始めに言っただろう。酷くはない。完全に治すこともできる。復帰までの時間も()(かく)(てき)短い。問題になっているのは『手術というものへの(てい)(こう)感』。ただそれだけだ」


 ……確かに、俺が言っているのは、専門医の判断するベストの(せん)(たく)()に対して、単なる感情論で抵抗しているだけなのだろう。

 手術を受けるのが俺だったらそれは、許されるのかもしれない。でも、痛い思いをしているのはチサ――。


「私なら(だい)(じよう)()です。……そんなに不安そうな顔、しなくても、大丈夫ですから」


 気付いた(ころ)には、俺の手はチサの小さな手を(にぎ)っていた。


「命に関わるような話じゃないですし、手術と言っても小さな穴を開けるだけだそうです。それに今からまだ検査をしないといけないみたいで……。お父さんだって、急いでここへ向かってくれているそうですから」


 多湖コーチが電話連絡をしていた中にはきっと、チサのお父さんも含まれているのだろう。


「痛み……ないか?」

「今は大丈夫です。点滴に痛み止めが入っているそうなので」

「……(こわ)く、ないか?」


 問う俺のほうが怖々としていて、これではチサを不安がらせるだけだ。

 それに気付いたのか、チサは困ったように笑う。


「怖いですよ。――でも、(けい)()さんがそんな顔をしていたら、怖がれないじゃないですか。私は大丈夫ですから――」


 この子は本当に強い……。

 自分が一番不安なはずなのに、俺のことを()(づか)って何度も大丈夫、大丈夫、と()(かえ)してくれている。

 後ろからソフィが、チサの手を握る俺の手を、(さら)に上から(つつ)()むように、そっと握ってきた。


「チサト、みんな(いつ)(しよ)だよ」


 更にその上から、結衣が両手を重ねる。

 こいつら……。

 こういう時には女の人のほうがメンタルが強いってのは、よく聞く話だけれど。……本当に、そうなのかもな。俺ばかりが狼狽(うろた)えてしまっていたようだ。


「チサ――。これは昔、多湖コーチから聞いた話なのだけれど」


 結衣は(せん)(ぱい)らしく、(やさ)しく(ほほ)()んだ。

 きっと不安を(やわ)らげることのできる話を、持っているのだろう。


「ちょーっと足の肉を開いて折れた骨を肉の中で動かして、時と場合によっては針金やボルトでガッチリ骨やら(じん)(たい)やらが固定されるし骨に穴開けて血がピューピュー()()ることもあるけれど、全然怖くない――だって」


 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 肉開いて骨動かすとか血がピューピューとか、完全にスプラッタ映画のワンシーンじゃねぇか!!

 チサの手がプルプルと(ふる)える。


「わたっ、わた、私しししっ死んじゃうんですか!?」


 ほら! 実験用のモルモットみたいになったじゃん!! 今から(かい)(ぼう)される顔してるよこの子!!

 だが結衣は()(がみ)のように優しく微笑むと、意外な言葉を(つむ)ぎ出した。


「――ようやく、()(だん)の顔に(もど)ったわね」


 過去に聞いたことのない温和な声のトーン。

 それは先輩どころか、まるで母親のようで、結衣の(たか)()(しや)な印象からかけ離れて――。俺は正直、胸を打たれた。


「チサ。手術なんて(だれ)でも怖いと思うわ。だからそうやって怖がっているほうが正しいのよ。年上に気を(つか)うより、(せい)(いつ)(ぱい)、自分のことだけを考えて怖がりなさい。あとのことは全部、任せてくれていいから」


 考えてみればチサと一番付き合いが長いのは、結衣だ。

 元々は()(まい)のような関係性で、体の小ささを理由にサッカーをやめようとしたチサを思いとどまらせたのは、いつも結衣だったと聞いている。

 言葉を聞き終えると、プルプルと震えていたチサの手がゆっくりと(おさ)まり、表情も(じよ)(じよ)(やわ)らいでいった。

 最後に、デスクに向かって背中を向けたまま、ましろ先生が言葉を付け加える。


「骨、(じん)(たい)、血――。(うで)が鳴る――ッ!!」


 俺はこんなに短い言葉で人を不安にさせる人を、他に知らない。この人、ただ手術が好きなだけなんじゃないか……?

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