第6話 チート級
今日はまず、フォーメーションを4-4-2にして挑む。いきなり新しい戦術を試して大量失点なんて、洒落にならない。
見ると相手のレノヴァSCも同じフォーメーションで、いわゆる『鏡合わせ』。
特に4-4-2は組み合いやすく、両チームの選手が交わると――。
すぐにこんなことになってしまい『噛み合いすぎる』。
プロならばここから細かい戦術差や個の力で違いを創り出していくのだけれど、中学生でチーム結成間もない彼女たちに臨機応変で小難しい戦術を与えてしまえば、混乱して自滅するだろう。
個の力は結衣やチサがチート級であり彼女たちに頼れば状況を打開できる可能性もあるのだが、オルフェスがやって見せたように封じられる可能性はある。
4ー4ー2のフォーメーションは
『守備陣形が固い』
『前線に二人を残し、守備から攻撃へ切り替えやすい(カウンターに向いている)』
『シンプルで選手が混乱せず、リアルタイムの状況も把握しやすい』
など、とにかくメリットの多い戦術だ。
それもあって採用されやすいわけだが、多く使われれば鏡合わせも起こりやすくなる。一種の弊害と呼べるだろう。
――実際、鏡合わせを逆手に取ったような戦術でオルフェスに負けたわけで。
思い返すと、未だに溜め息がでる。
似たような局面で対策無しのガチンコ勝負というのも個人的に嫌いではない。選手の力だけで覆すというのも悪くはないだろう。
だがU15カテゴリーの試合は貴重な経験の機会であり、選手の成長と勝敗は思い合わせて考えるものだ。
しっかりとした策を打って実行させ、勝利を経験してもらう。
そのほうが策を打たないで勝敗を託すよりも、より大きな実りを得られるだろう。俺の仕事はそこにある。
そこで最も可能性の高い4-4-2への対策として、新しい戦術を使っていく。
――――一応胸を張って強がってはいるけれど……。いくらなんでも行き当たりばったりで。ほんと、大丈夫なのかな……というのが本音である。不安すぎてトイレ行きたくなってきた……。
「あのー」
ベンチに座っていた背番号十三、一ノ瀬有紀が遠慮気味に声をかけてくる。
ユニフォームは新品おろしたてのピッカピカだ。靴は運動靴のまま。
「なんで4-4-2なんですか?」
「あー、これは相手の出方を伺いながら誘ってるんだよ」
「誘う……?」
「前の試合で、うちはマンマーク守備のハイプレスにやられたんだ。相手の前線がガツガツ奪いに来てな。もしその情報を相手が持っていたら、4-4-2の鏡合わせなら好都合と思ってマンマークしてくるだろ?」
「はいっ。弱点がわかっていたら、そこを突くのが勝ち筋ですから!」
「――――見ろ、食いついてきたぞ」
相手の前線がうちの守備陣へ圧力をかけてくる。
レポロの基本戦術はボールを持って戦う支配的サッカーだ。ボールを持って常に前掛かりになるから、堅守速攻の餌食になりやすい。
選手全員がマンマークされるとパスが回りづらくなり、その傾向はより顕著になる。そもそも4-4-2自体がカウンター向きのフォーメーションだ。
「うちは本来4-1-2-3で戦っていて、そっちのほうが前線の形はポゼッションに向いてるんだが。守備がちょっとな」
「あ! そっか。4バックに4人でハイプレスをかけられると、逃げ場を失いますもんね」
「守備は数的有利が絶対条件なんだけど、同数になってしまう。特に4-1-2-3だと1が奏になるわけだが、あいつは攻撃に関しちゃからっきしで、下がってボールを受けに来てくれないんだ。戦術的に言えば、これは大きな弱点になる。……だから鏡合わせのマンマークをしてくるようなら、4バックは釣り餌にするだけで、捨てることにした」
奏のポジションはアンカーと呼ばれることが多く、役割は主に守備であり、前線へは行かない。
ただ、4人のディフェンダーがハイプレスをかけられるような状況ではアンカーがボールをもらいに下がって、ボールを逃がす場所になるのが本来の動きだ。
前線へは行かなくても攻撃の開始地点やボール回しで中心になる。ポジションもど真ん中なのだから、そこでパスが繋げないと一気に選択肢を失うこととなってしまう。
俺はフィールドの中へ向けて大声で指示を出す。
「奏を下げろ!!」
これは新しい戦術の合図だ。
「はー。なるほど! それで3バックなんですね!」
「そういうこと」
フィールドの中で奏がポジションを下げて、中央の守護者の守内真奈と心乃美、二人の『間』に入る。
これで中央の守護者が二人から三人に変わった。
三人になることで、真奈と心乃美はややサイドへ動いて、ワイドになる。
「更に結衣も前線へ動けば、マンマークで守備をしていた相手は確実に混乱する」
今のフォーメーションは3ー4ー3だ。
「343なら、相手のツートップに対してディフェンダーの三人が常に数的優位でいられるだろ? 特に真ん中の奏には左右の近いところに受け手がいる。なんならゴールキーパーまで戻したっていい。こうして圧をかけられてもボールを逃がすことができるんだ」
「なるほど……。でも試合中に可変するフォーメーションって難しいですよね?」
「ああ。だからこれ以上フォーメーションは弄らない」
ポジションを移動するわけだから、移動中はとんでもない隙が生まれる。運動量も増えるわ混乱するわで、試合中にフォーメーションを変更し続けるというのは途轍もない難易度だ。
その上、俺は非常識なほど選手を大きく動かしている。
「普通、中央の守護者を二人から三人にすると、サイドバックが攻めやすくなってサイドのまま前目にポジションを移すだろ? でも俺は、七海と美波を守備的中盤に入るよう教えた」
「『偽サイドバック』の動きですよね」
さすが見る専の戦術眼。知識も豊富だ。
「そう。まあ偽サイドバックって名前は浸透してきてると思うんだけど、実際に取り入れるのはめちゃめちゃ難しいからな。結衣やチサでも無理だろう」
「結衣さんでも…………ですか?」
「付け焼き刃でできることじゃないし、あいつはスタミナがちょっと……な」
ちなみに俺は実戦経験がある。サイドバックは相手ゴールから最も遠いポジションで、『最も相手のマークが緩い』。なにせ相手から見ればゴール前でもない遠いところに選手を配置するのだから、たとえ鏡合わせのマンツーマンだとしても、オルフェスほど割り切ってこなければ多少の緩さは必ず生まれる。
本来のサイドバックはそこで一直線に縦へ走って、サイドの攻撃に加担する。
前にいた選手を追い抜くことも厭わない攻撃的なサイドバックは現代サッカーの象徴だろう。
だが偽サイドバックというのは、偽の冠が示すとおり、本来のサイドバックとは異なる動きをする。
縦ではなく斜め内側へ動いて、相手のマークが付いていないまま中盤に加わるわけだ。
相手はマークに付くのが遅れ、真ん中なのにドフリーでボールを持つ機会が増える。混乱した相手は対応が後手になり、仕掛けた側は的確なパスを出しやすい。ここから一気に攻撃を展開できるってわけだ。
「へぇー。結衣さんって走ってる印象しかないんで、スタミナもあるんだと思ってました。昼休みも毎日走ってますからね」
「……そうなのか?」
「はい! ストイックで有名ですよ! ……まあ、それでちょっと周りに距離を置かれている……ってことも、あるんですけど」
あいつ確か、毎朝走りに行っていたよな。
それで昼休みも走って、男女両方の練習って――。練習量には素直に舌を巻くけれど……。それでスタミナが不足してるんじゃ、効果が丸っきり出ていないってことか?
いや、でも不足と言ったって思いっきり劣るわけではない。少し足りない程度だ。個人差の範疇に十分収まる。
「他の人が遊びや勉強に使う時間を、結衣さんはサッカーに全振りしてるんだと思います」
俺と結衣は似ていると思う。けれど、これじゃもう似ているどころか、そのまま同じ……?
不安を抱きながらフィールドを見て、戦況を確認する。
守備的中盤に倉並姉妹が入ることで、結衣とチサには果林の左右へポジションを上げてもらった。
フィールドの大外でサイドを担当するのは、三年生の多々良春と伊計汐だ。二人に守備はあまり期待できないけれど、下級生に負けていられないという気持ちの強さがあって自己犠牲もできる性格を持つ。今回のポジション変更も、文句の一つ言わずに受け入れてくれた。
「七海も落ち着いてるし、美波はちょっと前掛かりだけど、動きは悪くないな」
偽サイドバックというのは、サイドバックの位置でまずフリーになってから中盤へ移動することで優位性を得る。今はレポロがフォーメーションを変更して同じ効果を発揮できているが、ここからポジション変更はしない。
つまり、相手が対応してきたらその瞬間、偽サイドバックは単なる守備的中盤へ変わってしまう。
言ってみれば今やっているこれは『似非偽サイドバック』。高度な戦術を一瞬だけ取り入れただけのもの。
だからこそ、相手の対応が間に合っていないここが勝負所だ――!
こちらの戦術変更に相手選手が戸惑っている中で、美波の近くへチサが近寄ってパスを受ける。
最前線に三人の選手がいると言うことは、一人が中盤へ降りていっても二人残るわけで、これは頭の良いプレーだ。
ボールを持ったチサはドリブルを開始して、奪いに来た選手を一人かわす。
結衣は入れ込みすぎなんて言っていたけれど、今の気遣いとドリブル突破を見るといつも通りか、むしろいつも以上に調子が良さそうだ。
次いでチサから結衣へパス。結衣はワンタッチでダイレクトに果林へパスを蹴ってすぐに「スルー!!」と声を出した。果林がパスを受け取らずにボールを通過させると、その先にもの凄い勢いでチサが走り込んでいる。
完全に相手ディフェンス陣の裏を付いて、あとはゴールキーパーと一対一。
しかしチサはトップスピード。
スピードが速くなればなるほど、ボールのコントロールは難しくなる。
もの凄い速さで抜け出した選手がゴールキーパーとの一対一で負けてしまったり、蹴ったシュートがゴールの枠を外すというのは、サッカーを見ていれば日常的とさえ言える光景だ。
だがチサは冷静にボールを浮かせてキーパーの上に弧を描くループシュートを放った。
ゴールネットがパサッと軽く揺れて、チサが小さく拳を握る。
――――灼髪がいつも以上に揺れて、煌めいた。




