第1話 大人のお姉さん
土曜の準決勝。
選手達と一緒にバスに乗り込んで、試合会場まで遠征をする。
中途、隣に座ったソフィと木曜練習の結果や選手達の様子などを話し込んだ。
「で、どこに行ってたんだ?」
ソフィは木曜練習に参加しなかった。
たった一日しかない練習より優先しなければならない外回りというのは、なんだったのだろうか? 別に責め立てる気なんて微塵もないけれど、気にはなる。
「倉並家にお邪魔してたよ!」
「はっ? また、――っつうか、それ外回りじゃないだろ。外回りってのは仕事で席を外すことであってだな」
「仕事だよ。ちゃんと監督の許可は取ったね」
「そうなの……か?」
どうもうちの監督は説明が足りないところがある。同じ家に住んでいるのだから、もう少し俺に情報を与えてくれても良いんじゃないかと。
だが今日も監督は不在で、状況はゴールデンウィークのリーグ戦と変わらない。ゴールデンウィークもこの土日も男子チームに試合があり、そっちへ行っている。
審判役を兼ねて男性コーチが俺たち以外に二人同行するというのも、前回と同じだ。
……まあ、前回よりも厳しい目で見られているだろうけれど。
特にバスの運転手も兼ねる多湖コーチは、俺の小学生時代の指導者でもあるわけで。その頃と同じぐらいかそれ以上に厳しく見てきたって一つも不思議じゃない。
準決勝までは会場が同じ場所ということもあって、同じメンバーで同じ場所へ同じバスで向かうと、どうにも先週の敗戦の雰囲気を引きずった気分になってくる。
監督代行がそんなことではいけないんだけれど、残念なことに俺は、気持ちの切り替えが上手いタイプではない。
負けは負けとしてしっかり覚えて、意地でも次はやり返す。
敗戦を思い出すほどに、気持ちが昂っていく――。
「ここからは、反撃だ」
窓ガラスに反射した自分の顔に向けて、囁くように呟いた。
◇◆◇◆◇
会場に到着するとすぐに選手がウォーミングアップを始める。
フィールドは一面しかなく、準決勝二つの試合は時間を分けて行われる。先にレポロが試合をして、後にオルフェスの試合だ。
ソフィは「荷物取ってくる!」と言って早々といなくなった。その間に、俺は対戦する相手チームのベンチへ足を向ける。
U15カテゴリの女子選手へ指導する、女性――。
気後れしないよう軽く胸を張るぐらいの気持ちで、声をかけた。
「あの、レノヴァSCの監督さんですか?」
「――ええ。あなたは……?」
「FCレポロで監督代行を務めることになりました。等々力啓太です」
ちなみにSCはSOCCER・CLUBでFCがFOOTBALL・CLUBの略称だ。ややこしいけれど意味合いとしては全く変わらない。
ただ、やっぱりレポロに比べると響きが格好いいよね、レノヴァ。レポロがちょっと可愛すぎるんだよなぁ。
「ええっ、本当に? まぁ、近くで見ると若いわねーっ」
驚嘆をそのまま表現するように言われて、俺はどう返していいのかわからず「はい、まあ……」と歯切れ悪く口にした。
若いのは確かだけど、選手を率いる以上は、なめられるわけにいかない。
「監督の松本と言います。今日はよろしくね。――――それにしても、オルフェスさんは中学生が指揮を執っていたみたいだし、私ももうオバちゃんなのかなぁ」
二十台中盤ぐらいだろうか。全然オバちゃんなんかじゃない、春らしい麗らかな笑顔が印象的な、大人の女性だ。
最近は異性と言えば同級生のソフィと年下のお子ちゃまとしか触れあっていなかったから、中等部の体育教師や松本監督のような人は新鮮である。まあ大人の女性から見れば俺もお子ちゃまにしか見えないのだろうけれど。
健全な男子高校生としては、大人のお姉さんに胸が高鳴るのは仕方がなかろう。
――とは言え、間違っても浮かれるわけにはいかない。松本監督も、今の話に聞き耳を立てている周りの選手達も、今日戦う『敵』だ。負かす相手である。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
表情を厳しく作って右手を差し出すと、松本監督も眉根に力を宿して『臨戦態勢』という雰囲気に変わった。
三戦目で梨原深冬の率いるオルフェスに完敗したレポロは、二勝一敗で予選リーグB組を二位通過。
対してレノヴァは予選リーグA組で全勝し、一位で勝ち上がってきた。成績は向こうのほうが上。俺のことを『近くで見ると』と言っていたことだし、オルフェスの指揮を執っているのが中学生であることもしっかり情報として把握しているから、こちらの戦力と戦術もしっかり研究されているだろう。
難敵であることは、疑いようがない。




