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第6版  作者: 八雲 辰毘古
旅立ち篇
3/22

二.家の思い出探し

 晩ご飯を片付けると、ふたりは早速家探しを始めた。

 あらかじめ、ルゥは紋章の刺繍(ししゅう)を見せておいた。するとリナは目を輝かせながら、手拭いを奪い取った。


「これすごいって。ということは、父さんただの鍛冶(かじ)屋じゃなくて、女王家に仕えてた可能性があるんだろ! お抱えの金銀細工師とかだったのかな? 王族とかだったらもっとカッコイイんだけどな」

「んー、そんな前向きなことばかりじゃないと思うけどナ……」


 仮にそうだったとして、そんな良い身分の人間がどうしてこのメリッサ村で生活することになったのか。そこまで想像が及んでしまうルゥにとって、リナの空想はあまり愉快なものではなかった。

 しかし始めると言ったからには、行動しなければならない。すでにいろいろなできごとが起きているのだ。ふたりはできることをするだけだった。


「まずリナはあっちの物置きから調べてよ。ボクはこっちの長持ちを開けてみる」

「おし、やったるで!」

「何かヘンなものがあったらテーブルか台の上に並べること。いい?」

「大丈夫!」


 こうして捜索は始まった。


 リナが向かったのは、母屋の隣りに建つ物置小屋だった。

 その壁には、鍛冶屋の道具類──大小の金づちにやっとこ、革製のふいごなどが架けられている。どれも父の仕事に使われたもののはずだった。


 しかし、あまり印象が残っていない。


 灯りを近づけてよく見ると、どの道具も手垢にまみれているものばかりだ。

 よほど使い込んでいたのだろう。

 それでも記憶にないというのは、(かえ)って不気味だった。


 一方ルゥはと言うと、長持ちに仕舞われたものを引っ張り出している。

 その多くは着物で、ほつれの残る麻の上衣やズボン、毛織のローブだ。ルゥはそれらをテーブルや椅子に放り散らかしていた。


 家族四人で暮らしていたとはいえ、着物の色や種類は多くない。

 繊維(せんい)は麻や獣毛のものが目立つ。高級そうな印象はかけらもない。ものによっては新しく布を当てた跡すらある。


 ひとつひとつ手で触ると、ルゥの脳裏に着ている人間のすがたが思い浮かんだ。

 無精ひげを生やし、口数の少なかった大男が、穿()いていたズボン。上衣は袖がくしゃくしゃで、(わき)の下にはあからさまな当て布が施されている。


()い物が苦手なひとだったんだろうな)


 野外に設けた作業場で、ひたすら金づちを振い続ける背中を思い出す。

 その過程で、大きく腕を振るう。途端にぐしゃりと、腋の下が破れるさまを想像すると、なんだか()()()を感じた。たぶん洗い物も無骨で、縮んだところの手当てもきちんとしてないはずだ。


(そんなお父さんが、ボクらを置いて何処かに居なくなってしまった……いったいなぜ?)


 ここでリナの空想がつながる。


(まさか、女王家の関係者……?)


 とっさに長持ちを調べ直す。衣服を吐き出したそれは、すでに空っぽな箱のはずだ。

 しかしルゥは、長持ちの底に手を触れ、外側からその高さを確かめる。


(まだ高さがある! ということはまだこの下に中身があるはずだ)


 しかし問題は、どうやって偽の底板を外すか、ということだった。

 長持ちを上から見る限り、きれいに()め込まれているのがわかる。指を入れる隙間すらなさそうだった。


 ルゥは腕組みをした。


(いちか、ばちか。リナもいないし、ボクがやるしかないか)


 恐る恐る、長持ちの中に足を入れる。

 そして両足で底板の上に立つと、踏み心地を確認した。少しずつ体重を掛けて、板の弱いところを探してみる。


 みし、みし、みし──


 しかしルゥの体重では、あまり良い感触が得られない。

 いっそ片足で立ったほうが良さそうな気がして、そっと左足を浮かせた。


 そのときだった。


 ガタンッ、と大きな音が部屋じゅうに響き渡った。

 あまりに突然のことだった。

 それゆえルゥは、片足ごと長持ちの底に沈み、体勢を大きく崩してしまう。


 それだけならまだ良い。より問題だったのは、唐突に外れた偽の底板が、急に飛び起きたことだった。

 さいわい、ルゥは長持ちごと倒れたので、板の衝突を免れることができた。


 しかし、それは彼の頭上を超えて、飛んでいったのだった。

 そしてその先には……


「痛ッ!!」


 リナが居た。さながら投槍を当てるかのように、板はきれいに彼女の顔面に直撃したのであった。

 その間、ルゥはほうほうのていで、ひっくり返った長持ちから脱出した。


 ゆっくり身を起こし、ローブについた土ぼこりをはたき落とす。

 あたりを見回すと、衣類やら、椅子やら、長剣やらが散乱していた。


 この光景の中心に、ひたいを赤くして倒れるリナが居たのだった。

 気絶はしていない。

 彼女はすぐに身を起こすと、不機嫌そうにひたいに手を当てる。


「……大丈夫?」

「そういうふうに見えるか?」

「イイエ、全然」

「ならもうちょっと違う言い方ってあるんじゃないかよ」


 リナは大きくため息を吐く。それからゆっくり立ち上がるものの、ルゥのいでたちを見て、すぐに声を上げる。


「ちょっとルゥ、おまえ何してんだよ」

「なにって、なにさ。長持ちの中身を調べてたんだよ」

「いや、それは分かってんだけど。つか、それアタシの肌着」


 彼女が指さしたのは、ルゥの肩に掛かっているリネンの肌着だった。

 それを見た途端、ルゥの顔は急に赤らんだ。素早く手で握って、リナに投げつける。


「バカっ」


 肌着は、リナの顔面に覆い被さった。



     †



 無数の衣類を片付け、ふたりはテーブルを挟んで座りなおす。


 卓上には、探索の成果がずらりと並んでいた。

 つぎはぎだらけの大きな上衣。

 大きさの異なる、二振りの長剣。

 そして、極彩色の不気味な箱。

 端的に言ってこれだけだった。しかしふたりが思っていたよりも充実した結果だった。


「服についてはさっき言ったとおりだけど、リナのそれはなに?」

「見りゃわかるでしょ。剣だよ、剣」

「いやまあそうですけど」


 リナは立ち上がった。


「わかってない! これは騎士が使ってるしっかりした長剣なんだって」

「てことは、なに? お父さんが騎士だったことの証拠品ってことなの?」

「かもしれない」

「そうであってほしい、の間違いじゃないの」


 ルゥは目を細める。リナは口を尖らせた。


「いやいや、ティークに見せたらわかるよ。少なくとも村を守ってる軍団の武器とは比べものにならないって」


 すらり、とそこそこ慣れた手付きで鞘を払う。その白刃はロウソク灯りを浴びて、妖しい影を落としていた。

 しかしその長剣は、リナには少し大きすぎた。軽く振ってみるものの、彼女は眉をしかめて、ゆっくり剣を仕舞った。


「ルゥにはわかんないかもしれないけどさ。こういう武器って、持つのも手入れをするのも相当大変なんだよ。

 百歩譲って騎士につながりのある鍛冶屋だったとしても、そっちのほうが現実味がない気がするぜ?」

「……なるほどね、たしかにそうだ」


 ルゥは腕組みをした。


「ますますわからなくなってきた。だとすると、最後のこの箱は一体なんなのか、ていうことだね」


 彼が指差したのは、極彩色の紋様を施された小箱だった。

 これこそは長持ちの上げ底のなかに隠されていた品物だった。


 しかしその蓋は鎖のついた錠で閉じられており、固く沈黙を守っている。


「ルゥでも知らないことってあるんだな」

「そりゃそうだよ。ガーランドさんみたいに大学都市に行ってるわけじゃないんだし」

「別に大学行ってる人がなんでも知ってるわけじゃねーと思うけど」

「それは……まあいいや。いったんそれは傍に置いておこう」


 ルゥは改めて箱を持ち上げる。二、三回振ってみると、重たい感触を得た。

 金属音も混じっている。複数個、重なって鳴っているのがわかった。


「金貨っぽいな。五枚ぐらいはありそう」とリナ。

「へそくりだったりするのかな」

「ありそう」

「でもそれにしてはやけに重い」

「金塊でも入ってるんじゃないのか?」

「ううん、そういう感じでもないんだけど」

「なら、ちょっと貸せよ」


 リナは双子の弟から箱を奪い取ると、いささか乱暴に箱を振った。

 ジャラジャラと金属音が、確かにある。しかしそれは妙にくぐもっていた。


 リナは眉をひそめた。


「わけわかんねえな」

「でしょ?」


 片眉を上げて応答するルゥだったが、いよいよ真剣に困った顔をする。


「こんな箱の鍵、うちにあったかな?」

「貯蔵庫の鍵は?」

「全部試した。ダメだった」

「じゃあ、あれだ、家の鍵」

「冗談で言ってる?」

「いや、他にないのかよ」

「ないよ。だから困ってるんじゃないか」


 リナはくしゃくしゃと頭を掻いた。


「だったら方法はひとつしかないだろ」

「なに」

「ぶっ壊す!」


 持っていた箱を、そのまま床に叩きつける。

 ルゥが立ち上がるより前に、リナは動いていた。


 床に転がった箱に、足で追い討ちを掛ける。力の限り踏み抜こうとするが、全く壊れる気配を感じなかった。

 そこで、とうとう我慢できなくなったリナは、母屋の裏手に走り出す。戻ってきたその右の腕には、薪割り用のナタがあった。


 もはやルゥには、止められない。


「あー、もうボク知らないっと」


 そう言って耳を塞ぐ。


 リナは構わず、ナタで箱を木っ端微塵に破壊してみせたのだった。

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