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第6版  作者: 八雲 辰毘古
魔女の騎士篇
16/22

十五.うわさ話はよそでやれ

 タリムは橋の上の都市である。その歴史は古く、聖女王国の誕生以前から交通の要所として賑わっていたという。

 絶壁を架ける大きな橋は、いつできたのかは定かではない。しかし遥か昔──ある説によると古代魔法文明の時代から建設されたものであり、人知の及ばない設備を有しているとも、言われている。


 じっさい、巨神が建設を手伝ったとしか思えないほどの壮大な造りだった。

 ゆったりしたアーチが二層にわたって寸分違わず並び、そのさらに上層部には小刻みにアーチが連なる。これらすべてが石を積み上げてできており、横幅も広い。そのためか、いつしか橋の上にまで住居が並び、それでいてなお荷車が余裕を持って()()っている。


「こうやってみると、どこにでもある街の通りにしか見えないのにな……」


 通り沿いの三階の窓から、アデリナが外を眺めている。

 双子とガーランドはひとつの部屋のなかでくつろいでいた。別室も用意されていたのだが、結局全員が同じ空間でないと落ち着かなかったのだった。


「お待たせさん」


 唐突に部屋の扉が開くと、栗色の束ねた髪をしたおんなが覗き込む。


「シャラか」とガーランド。

「おひさしぶり。アンタしばらく見ないうちにすっかり所帯じみたわね」

「失敬な。これでも婚前だ」

「ならなおさらね。そんなんだったら三十過ぎたら髪白くなるわよ」


 言いたい放題で、おんなは近くにあった椅子を引っ張り出す。そのまま腰掛けると、双子のほうへと目を移した。

 ルートはベッドに座り、アデリナは窓際に立っている。ふたりのたたずまいは、シャラの目には深窓の令嬢と従士の少年の組み合わせに見えていた。


「ははン……」

「なんだその目は」

「いーや、べつに。つうか、いまのいままで音信不通だったおとこがいまさらなんの用なのさ?」

「書面にしたためた通りだよ、支店長殿。それ以上でもそれ以下でもない」

「あっそう。まあいいけど──」

「──あの」


 ここでルートが口を開く。


「聞いちゃいけないことかもしれないですけど、ふたりはどういう知り合いなんですか……?」

「んー、むかしのおんな?」


 シャラはガーランドの殺意スレスレの視線を浴びて、手で取り消した。


「嘘だよ。幼なじみってヤツ。このおとこ、うちの商会と付き合いのある家の出なの。家業は継がずに騎士学校行っちゃったから、いまは全然会わないんだけどね」

「え、騎士学校?」とアデリナ。


 少女はきょとんとする。


「あ、知らなかった? 結局力不足で落第して、いまの仕事になったらしいよ」

「──おしゃべりはここまでにして、早く用件に入ろう」

「あー、負け惜しみだホラコレ」


 ガーランドはさりげなく靴のつま先で、シャラのすねを打った。その一挙手一投足がルートにとってはひどく新鮮で不思議なことのように思えた。


(あのガーランドさんが茶化されてる……)


 ルートはすでに、ガーランドが星室庁の密偵であることを知っている。だがあまりにもその側面ばかりに警戒していたから、当人が過去を持つ人間であることを失念していたのだった。


(シャラさんは、たぶんいまのガーランドさんが本当はなにをしてるのかを知らない。だから気さくなのか、それとも……)


 イマイチ煮え切らない思考が、回転し続けたままうまく結論にたどりつけない。

 いっぽうで、アデリナはガーランドが騎士学校出身であることに驚きを隠せなかった。


(ほんとのことだったんだな)


 昨晩行われたヴェラステラとの戦いで見たガーランドの技は、明らかに戦闘訓練を積んだ人物が繰り出すものだった。

 魔術への対抗策も体術も、アデリナでは遠く及ばないほどの非常に高い練度だった。にもかかわらず、騎士学校で〝落第〟だったということに愕然とせざるを得ない。


(だとしたら、その騎士って、どれだけの強さで、しかも〈聖印の騎士〉──父さんの強さってどれほどなんだよ……)


 アデリナの衝撃をよそに、会話は進む。


「──本題に入るんだが、街の出入りにおいて不要不急の外出を避けるようお触れが出ているというのは、ほんとうなのか? それもフェール辺境伯から?」

「うん。そのことなんだけど──」


 シャラはすねをさすりながら、ガーランドの質問に答える。


「魔物の出没とはべつに、この近辺で魔女結社の活動が確認されたからって。村がひとつ消えたんだとさ」


 双子は目を見開いた。ルートにいたっては背筋が凍るような思いがして、反射的に立ち上がりかける。

 しかしすんでのところで堪えた。ガーランドの手が肩に掛けられたからだった。


「おちつけ」


 ひと言。それだけだった。


「ん?」とシャラ。

「いいや、なんでもない。つづけて」

「ああ、それで、この街に結社の人間を入れないよう関所警備の強化や、市壁や柵の見回りを増やすように御達しがあったってわけ」

「なるほど」

「──ここ、自由都市なのにね。一兵も寄越してくれないくせに、いちいち領主の言うこと聞かなきゃならないのは(しゃく)に触るんだけども」

「まあ仕方ないさ。魔物のほうが物理的な被害は大きい」

「そうでもないんだよね。この辺に魔女と魔物が出たってなれば、それだけでひとの通りも減るし、その分街のあちこちの売り上げが減る。みんな怖いんだよ。ひいきの行商人も来なくなるから在庫の管理も大変になるし、ロクなことがない」


 シャラは渋い顔だった。


「まあ一番問題なのは、風の便りか(むし)のささやきだかをアテにして、べちゃくちゃ()()()をつけて話したがるやつさ。おまけに嘘っぱちな話を刷物(すりもの)にしてばら撒くやつだっている。

 撒いてる本人はお人好しのつもりでやってんだろうが、それこそお為ごかしってやつでさ。話して満足してるだけなんだ。聞いてるみんながどんな気持ちになるかなんて二の次三の次で、気がついたらみんなが〝おしゃべり〟になってる。そんなんじゃ何ひとつ解決しないって分かりきってるのに、気だけが済むからタチが悪い」


 苦々しく吐き捨てるように、つづける。


「ここは市議会でも意見が分かれてる。領主の言うことは無視して王都を含む主要都市との交易を続けるか、御上を信じてみんなで我慢、忠誠を誓いつづけるか、でね。

 どっちにせよ、危険と懸念が隣り合わせの選択肢だ。正解なんてないから、いつまで経っても迷い続けてる」

「だが、それに振り回される町人連中やわれわれのような旅人にはいい迷惑だな」

「悪いけど、アンタたちだけ、というわけには行かないんだ。特例は認められない」

「──すべては魔女の封じ込めのため、か」

「察しが良くて助かるよ」

「解決はしないがな」


 シャラは立ち上がった。それから罪滅ぼしの明るい声を出して、口角を上げた。


「まあ、ゆっくりしてってよ。代わりと言っちゃなんだけど、おもてなしはするから」


 それからちらとガーランドの右腕を見る。


「そういえば怪我してるみたいだから、ちゃんとした医術師を呼ぼうか?」

「シャラ、いちおう私も医術を修めてる」

「あ、そ。じゃあ自分で治せば?」


 ガーランドは困り果てて肩をすくめた。双子は思わず笑ってしまった。


「嘘だよ。ちゃんと手配するから」


 それじゃあね、とシャラは部屋をあとにする。

 残された三人はしばらく沈黙を守っていたものの、やがてルートがおもむろに口を開いた。


「──村が消えたって?」

「憶えてないのか?」


 ガーランドが尋ねたのは、魔女との戦いで行使した魔術の影響で、故郷の記憶を失くしたのか、という確認だった。

 ルートは首を振った。


「逆だよ。いまになってちゃんと思い出せたんだ。なんであのときみんながいなくなっちゃったのか、ユリアお婆ちゃんも、ティークも、どうしてこんなに綺麗さっぱり忘れていたのか、自分でも不思議で……」

「──それこそが魔術の影響、と言えばわかりやすいかもしれないね」


 ルートはあらためてガーランドのほうを見た。


「魔術は、実際のところ名前ほど特別なものじゃない。話したことやなにげない身振りが相手の心に届く、心を打ってしまうことと本質的に同じものだ。それは獣皮紙の書物のページを何度も削って文字を上書きするみたいに、繰り返し心に浮かんだイメージを読み書きすることなんだよ」

「でも、それじゃあボクがものを忘れる理由としては納得がいかないよ」

「まあそうだね。この辺は明日から説明しよう。どうせ動けないなら、しっかり訓練しながら憶えてもらったほうがいい」

「何を?」

「……魔術の使い方と、その原理だ」

「いいのか?!」


 アデリナがここで割って入った。


「今後、魔女との戦いが増えることを考えたら、むしろ必要なことだろう。本来は騎士学校で教わることなんだが、私の知ってる範囲で教える」

「おっしゃ!」


 少女の興奮とは対照的に、ガーランドの表情は暗い。しかしつかの間のことだった。


「この特訓には体力と気力、両方が必要だから、今日は早めに休んで欲しい。明日の朝からさっそく実施する。それまでは、この建物の中なら自由に行動してもらって構わない」

「──ひとつ、いい?」


 ルートだった。


「ボクたちがその間に逃げるとか、考えたりしないの?」

「それはあまり意味のない質問だ。そうじゃないか?」


 あらためて突き返されると、返すことばがなかった。ルートは、獣皮紙同士が()()()でくっついてしまったかのようにことばに詰まった。

 ガーランドは、まるでそんな少年の焦燥を見透しているかのように力の抜けた笑みを浮かべた。


「警戒心──それだけは忘れてないんだね」


 ゆっくり立ち上がると、ガーランドは扉のほうへと向かった。


「部屋は三人で別々にしてもらおう。明日になったら戻ってくるよ」


 そう言って、彼は部屋を去った。

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