終焉の始まり Ⅱ
日を追う事に母の体調は悪化していった。
青年に成せる事は何も無く、毎日新しい水を汲んでは、片時も離れずに見守る事しか出来なかった。
毎日の生活はもう流れが決まってしまっていたが
外の世界では少しづつ、変化が起きていた。
まず一番初めに気が付いたのは夜が長くなった事だ。
初めは気のせいだと感じていたけれど
ひと月も経つ頃には明らかにおかしいと気が付いた。
そうした変化を認めると、他にも様々な異変が肌で感じられるようになる。
青年はある朝、空を見上げて不思議に思った。
雲が明らかに多い。
無意識に足を止めて、空を見渡した。
違和感は雲だけでは無かった。
妙に静かなのだ。
考えてみれば、竜をしばらく見ていなかった。
青年が水を汲んで、家へと戻ると
病気の母が家の前で座り込んでいた。
驚いて駆け寄ったが、母は青年に見向きもしなかった。
北西の彼方に見える山々をじっと見据えていた。
長い不調の末、母の美しかった長い髪がいつしかくすんで傷んでいたことや、顔がげっそりと落ち窪んでいた事が青年の心を酷く蝕んだ。
駆け寄った青年は母の背中に腕を回して、戻りましょうと声を掛けたが、母は頑なに首を振った。
細く痩せた身体で、何とも無力な腕で
視界に映る山々を何度か撫でる仕草をしたかと思うと、突然ぷつんと糸が途切れたように軽い音を立てて倒れ込んだ。
青年は慌てた。
地に転がる母を優しくそっと抱き抱えると、揺らさぬようにしっかりと抱き寄せてベッドへと運んだ。
母のあまりの軽さに、青年の心は酷く軋んだ思いだった。底知れぬ不安と、得体の知れない恐怖が渦巻いた。
起きることの無い母に拭い切れぬ不安を感じながらも、その身体についた土を優しく拭き取った。
本当は目にするのも痛々しい程の母の姿が
まもなく儚く散ってしまう事に気が付いていた。